こころの時代アンコール
禅僧ティク・ナット・ハン2 ひとりひとりがブッダとなる
※ 引用は、後ろの方に書いている。
「雲は、水になっても、死んでいない」
から話が展開している。
ポイントは、二つあると思う。
<一つ目>
命は形あるものに宿るとするなら、
雲が雨になって見えなくなると、死んだことになる。
しかし、雨になって地上に降り注いだ水は、
いずれ蒸発して雲になり、
地球レベルでは元に戻る。
もしも死んで消えてしまうなら、
地上では色々な物が死んで、消えてしまうので、
どんどん減って、何も無くなってしまいそうだ。
でも、そうはならない。
死ぬ=消えてなくなる とすると、
説明できない。
雲が自然の一部であるように、
人もまた、自然の一部である。
<二つ目>
自分の命を見たり感じたり考えたりするのは、
私が生きていての賜物、
自分の命が見たり感じたり考えたりしているのだ。
二枚の向き合った鏡にろうそくを置くと、
鏡に映ったろうそくを、別の鏡が映すので、
無限に繰り返し、多くのろうそくが浮かび上がる。
命が命を映し出すと、
わけのわからない世界に入っていく。
私の命を私の外の雲に託すと
外の命から私を見る、
あるいは、私の命が、雲に宿る命を見る。
===== 引用 はじめ
あなたは死んでなんかいません
(コップの中の)雲さん 空にいるのは楽しかった?
いい眺めだったでしょう
美しい地球を楽しむ時間はありましたか?
それとも他の雲とケンカばかり?
雲として空に浮かぶのはすてきですね
雨となって大地に降りてくるのも
捨てたもんじゃないですよ
空に帰られるようにしてあげましょうか
今すぐ空に帰りたかったら
お鍋に入れて沸かしてあげましょうか
ちょっと熱いけど 15分でまた雲になれますよ
ゆっくりしていって! 地上も美しいですよ
私の体の中に遊びにいきませんか
…
===== 引用 おわり
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