画面の説明

このブログは、左側の投稿欄と右側の情報欄とから成り立っています。

2019年3月20日水曜日

(1543)  (48) 石川啄木『一握の砂』 / 「明治の50冊」

 
      最新投稿情報
=====
(K0684)  イヨカンを食べよう(ポンジュースを飲もう):脳梗塞発症後に効果 <脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0684.html
=====
 


いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ
 

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心
 

 知らないな~と思っていたら、知っているのが出てきました。
 

ふるさとの訛(なまり)なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
 

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず
 

はたらけど
たらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり
ぢつと手を見る
 

新しき明日の来るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘はなけれど--
 

こみ合へる電車の隅に
ちぢこまる
ゆふべゆふべの我のいとしさ
 

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ
 


 解説は要らない。すっと読めて、共感を覚える。
 
 「技巧や装飾を少なくし、短歌に日常生活を持ち込み、あくまで自己の真実に正直な歌集であろうとした。そこが短歌史において、それまでの歌集とは異なっていた」。「生活あっての文学、その中でも短歌という表現形式には、それほど期待していなかった。だから逆に、気取ることなく自由に自分の気持ちを託すことができたのでは」(国際啄木学会会長の池田功・明治大学教授)
 
 「忙しい生活の間に心に浮んでは消えてゆく刹那々々の感じを愛惜する心が人間にある限り、歌といふものは滅びない」。「歌は私の悲しい玩具である」(本人:石川啄木)
 


【プロフィル】石川啄木(いしかわ・たくぼく)
 明治19年、岩手県生まれ。盛岡中学中退後、与謝野鉄幹・晶子夫妻の知遇を得て明星派の詩人として出発。38年、19歳で詩集『あこがれ』を出版する。北海道での新聞記者生活などを経て上京。42年、朝日新聞社の校正係となる。43年12月、歌集『一握の砂』刊行。45年4月、結核性の全身衰弱により26歳で死去。
 


<引用>
石川啄木『一握の砂』 人生の事象詠んだ国民的歌集
【明治の50冊】 48  産経新聞(2019/03/11)
 
(48)石川啄木『一握の砂』 人生の事象詠んだ国民的歌集
https://www.sankei.com/life/news/190311/lif1903110020-n1.html

 

2019年3月19日火曜日

(1542) 「こうすれば事故を防げたかも」

 
      最新投稿情報
=====
(K0683)  【動画】新しい認知症体操「エアリハ」 講演依頼全国から殺到 <体の健康><脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0683.html
=====
 

 すぐにでも役立ちそうな記事があったので紹介しておきます。
 
(1)  高齢者が転倒しないよう、部屋を整理整頓し、
   室内でも服を脱ぐときなどに注意する
 
(2)  急性アルコール中毒と思われる人には、水を大量に飲ませない。
   寝かせる時は横向きに
 
(3)  熱中症は高湿度も原因になる。
   夜の室内でも注意
 
(4)  ノロウイルスの食中毒の予防には、消毒用アルコールでは、効果がない
 
(5)  風呂場のヒートショックで年間90人近くが死亡(大阪市)。
   風呂場を温かくし、熱い湯や長湯を避ける
 
(6)  やけどの水ぶくれは破れないように
   服を着ていてやけどしたら、無理に脱がさずに水で冷やす
 


<出典>
消防の使命  火災と同じ 自己も未然に防ぐ
産経新聞(2019/03/11)

2019年3月18日月曜日

(1541)  (47) 長塚節『土』 / 「明治の50冊」

 
      最新投稿情報
=====
(K0682)  個人Blog 3月上旬リスト <サイト紹介>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0682-blog.html
=====
 


1.   どのような本か
1.1.  何を描いたか
1.2.  あらすじ

2.   評価
2.1.  連載時の反応は芳しくなかった
2.2.  評価する声も

3.   『土』の魅力

4.   読み継がれるべき作品
 

【展開】

1.   どのような本か

1.1.  何を描いたか
 関東平野東部を流れる鬼怒川べりの農村を舞台に、小作人・勘次一家の貧しい生活と取り巻く自然、人、風俗などを描いた。

1.2.  あらすじ
 茨城県岡田村(現・常総市)国生(こっしょう)あたりの農村に暮らす勘次と妻、お品、娘のおつぎ、幼い与吉の一家。折り合いの悪い義父・卯平は奉公に出ている。勘次も畑だけでは暮らせず、土木工事に出て、お品も行商などで糊口(ここう)をしのぐ日々。
 だが、身ごもった子供を自分でおろした処置が悪く、お品が急死する。お品の代わりにおつぎを厳しく仕込む勘次。貧しさゆえの盗みや嫉妬、欲など屈折した感情にまみれながらおつぎ、与吉は成長、暮らしも安定するが、勘次と卯平の葛藤は続き、また悲劇が…。
 

2.   評価

2.1.  連載時の反応は芳しくなかった
(1)  編集担当の森田草平は「極めて読者受けが悪い」と回想(平輪光三著『長塚節 生活と作品』)。
(2)  無名の節を起用した文芸欄主任の夏目漱石も、単行本序文で「面白いから読めとは云(い)い悪(にく)い」「読みづらい」「泥の中を引き摺(ず)られるような気がする」とも。

2.2.  評価する声も
(1)  それでも、当時の東京朝日主筆、池辺三山は森田に「あれは聢(しっか)りしたものだ、(不評に)構はず続けろ」、
(2)  漱石も「今の文壇で長塚君を除いたら(中略)誰にも書けそうにない」と評価し、『土』は世に出た。
 

3.   『土』の魅力

 、「明治も40年たったころの農家の生活を赤裸々に描いたこと。それも空想でなくモデルがいる話、まさにノンフィクションなんです。節には貧農の世界を世に知らしめたいとの思いがあったのでは」
 

4.   読み継がれるべき作品

 「余はとくに歓楽に憧憬(どうけい)する若い男や若い女が、読み苦しいのを我慢して、この『土』を読む勇気を鼓舞する事を希望する」(漱石の序文から)
 


【プロフィル】長塚節(ながつか・たかし)
 明治12(1879)年、茨城県国生村(当時)の豪農の家に生まれる。水戸中学(現・水戸一高)を病気のため中退後短歌をはじめ、33年、正岡子規に入門。子規死後の36年、伊藤左千夫らと歌誌「馬酔木(あしび)」創刊。写生文も手掛け『佐渡が島』、小説『芋掘り』などで注目される。43年に東京朝日新聞で『土』を連載、45年に単行本として出版。連載後に患った結核が悪化し、大正4(1915)年に死去。
 


<引用>
長塚節『土』  貧農の世界、徹底した描写
【明治の50冊】47  産経新聞(2019/02/25)
 
(47)長塚節『土』 貧農の世界、徹底した描写
https://www.sankei.com/life/news/190225/lif1902250014-n1.html

 

(1540)  二段階の決定プロセス(楽観と悲観)

 
      最新投稿情報
=====
(K0681) 『認知症がやってきた!』 <脳の健康><介護>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0681.html
=====
 

 決定に至るプロセスを二段階にわけてみる。一段階目で選択肢を集めて評価し、二段階目で選択肢の中から一つを選ぶ。この二つの段階は、分けて考えるのがよい。
 
 以前に病院の決定プロセスを話題にしたことがある。一段階目で、有望な病院を選び出し、比較するのだが、ここでは、インターネットを活用する人が多い。しかし、彼らも、二段階目ではインターネット離れし、口コミを重視する傾向がある。最後に決めるには、インターネット情報は信頼に足らないからである。
 


 今回は、楽観と悲観という観点から、二段階の違いを見る。決定プロセスが比較的スムーズに進んでいく人と、ギクシャクしてしまう人との違いを見ていく。
 
 選択肢があるということは、どの選択肢にも良い点と悪い点の両方がある。もしも良い点ばかりなら、迷うことなくそれを選ぶし、悪い点ばかりなら、迷うことなく捨てるので選択肢として残らない。
 

 比較的スムーズに進む人の特徴は、一段階目で悲観的、二段階目で楽観的である。一段階目で選択肢を集めて評価するのだが、そこでは悪い点を重視する。これを選んだらこんな悪いことが起こるが、それを自分は受け入れられそうかを吟味する。二段階目で決定するのだが、そこでは良い点を重視する。これを選んだのでこんな良いことが起こると、希望に満ちて歩み始める。悪いことも起こるがそれは承知している。悪いことを最大限抑えるよう努力し、残ってしまった悪い点は、納得して受け入れる。
 
 ギクシャクしてしまう人の特徴は、一段階目で楽観的で、二段階目で悲観的である。一段階目で選択肢を集めて評価するのだが、そこでは良い点を重視する。これを選んだらこんな良いことが起こると、良いことを最大化させようと選択肢を絞っていく。二段階目で決定するのだが、そこで初めて悪い点が気になる、或いは、悪い点に直面する。準備ができていないので、アタフタしてしまう。あちらを選んでいたら、こんな悪いことは起こらなかっただろうと、迷いが出てくる。その結果、決定できないか、決定しても直ぐ放棄してしまう。


2019年3月17日日曜日

(1539)  夏目漱石スペシャル(3-2) / 100分de名著

 
      最新投稿情報
=====
(K0680)  レーダーで高齢者見守り <見守り>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0680.html
=====
 


第1回  4日放送/ 6日再放送

  タイトル:『三四郎』と歩行のゆくえ

放映は、   月曜日 午後 10:25~10:50
再放送は、  水曜日 午前 05:30~05:55
 及び        午後 00:00~00:25
 


【展開】

(1)  『道草』はB級なのか?

 漱石は『道草』で「私生活」を描いています。しかし、私小説作家の赤裸々な告白とは違う。恥ずかしくて言えないようなことをあえて暴露する、という話ではない。漱石の日常は、もっと捉えどころのない恐ろしげで暗い感覚へとつながるのです。
 

(2)  「くりかえし」が表す心象風景

 登場人物の行動の「くりかえし」を読むことで、私たちは「くりかえし」特有の心地を体験します。一般には、「くりかえし」は高揚感や陶酔感に結びつきます。
 でも、『道草』では謎めいた重苦しい雰囲気。反復は「くりかえし迫ってくる嫌な過去」や「のがれようのない不快な現実」を喚起します。
 

(3)  『道草』の背景

 神経衰弱が高じて妻子と一時的に別居していた漱石。神経を鎮めるために小説でも書いてはどうかと高浜虚子に勧められ連載した『吾輩は猫である』が大きな反響を呼び、漱石の文名は飛躍的に高まります。
 そうした状況のなか、かつての養父・塩原が、人を介して、漱石に再び養子にならないかという話を持ちかけてきます。
 

(4)  『道草』と漱石の実人生

 『道草』に出てくる帽子を被らない謎の男のモデルは、漱石の養父・塩原です。小説には島田という名前で登場します。
 

(5)   鏡子夫人をあなどるな!

 かつて「漱石の奥さんは悪妻だった」とする「悪妻伝説」なるものがあったようですが、これも神経質な漱石に比しての、鏡子夫人の貫禄に対する敬意だったのかもしれません。
 『道草』でも『漱石の思い出』(鏡子夫人)でも、剣呑な夫婦仲が描かれています。しかし、書きぶり次第で印象が変わってきます。
 

(6)   漱石の「あたま」と「お腹」の関係

 「いわば胃の病気がこのあたまの病気の救いのようなものでございました」(『漱石の思い出』)
 ほとんど無限大の不安や恐怖(誇大妄想癖・強迫神経症的なこだわり)が、慢性的な胃部不快感のエピソードを通して、少しずつ、鎮められていく。
 

(7)   日常生活が「気持ち悪い」

 「水の変らないその堀の中は腐った泥で不快に濁っていた。所々に蒼い色が湧いて厭な臭さえ彼の鼻を襲った」
 異界が日常風景の奥底の、ぬるっとした不気味な存在として取り出されます。そんな感覚を、日常ゴシックと呼んでもいいでしょう。

 

(8)   胃病は「過去」という病

 多くの場合、胃腸の不具合は食後に訪れます。胃のむかつきが過去の自分に起因する痛み、「過去からの懲罰」という形をとることが多かったと思われます。
 漱石が恐怖の感情を描くとき、「過去からの懲罰」というイメージがくりかえし出てきます。
 

(9)   近代個人主義と「お腹の具合」

 近代個人主義の理念の土台にパブリックとプライベートの分離があった。個人の「こころ」の尊重と秘匿が、小説の起源と密接に結びついた。
 他人には見せないこころの裡に言及するときに漱石は「腹の中」という表現を頻繁に用いた。お互いに、相手のなかに隠されたなんらかの意図があることを感じながら、しかしどちらも打ち明けることがない。健三は幼少期からこうした傾向を持っていた。
 

(10)「片付かなさ」とは何か

 『道草』では「片付く」「片付かない」という語が再三使われている。例えば、「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起こった事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」
 片付かないことが普通になっていて、その不快感も燃料にして生きていくという感じがある。胃病のおかげで健三は不健康な健康さのなかで、片付かないがらくたのなかで一服の安定を得た。『道草』はそういう小説として読むこともできる。
 

<出典>
阿部公彦(2019/3)、夏目漱石スペシャル、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)
 

(1538)  夏目漱石スペシャル(3-1) / 100分de名著

 
      最新投稿情報
=====
(K0679)  注文を間違える料理店 <脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0679.html
=====
 


===== 引用はじめ
<あらすじ>

 留学から帰った健三は大学教師になり、忙しい毎日を送っている。だがその妻お住は、夫を世間渡りの下手な偏屈者と見ている。
 そんな折、かつて健三夫婦と縁を切ったはずの養父島田が現れ金を無心する。さらに腹違いの姉や妻の父までが現れ、金銭等を要求する。健三はなんとか工面して区切りをつけるが、最後に「世の中に片付くなんてものは殆どない」と吐き出す。
===== 引用おわり
Wikipedia 『道草』
 

===== 引用はじめ (抜粋)
<登場人物>

 健三・・・・36歳のインテリ男性。留学経験あり。仕事は教授、講演、研究、著述。娘が二人いて作中で一人生まれます。皆まだ幼い。

 御住(おすみ)・・・・健三の妻。三十前。子供に母親らしい愛情をいだくごく普通の女性。官僚の娘。小学校しか出ていないそうだが当時はこれがあたりまえだったのかもしれない。自分の価値観以外には認めない健三には「頭が悪い」と軽蔑されている。たまに精神がおかしくなりうわ言をもらすような持病を持っている。それをこの小説の中では「ヒステリー」と言っている。

 御住(おすみ)の父親・・・・もと官僚で貴族院議員になる可能性もあった。かつては質素な暮らしをしている健三が感嘆するような豊かな暮らしをしていた。今はすっかり零落して、冬の寒い日にコートを着ることもできない。誰にも借金を頼めなくなり、健三に保証人になってくれと訪ねてくる。

 島田・・・・健三の養父。3歳から7歳まで健三を引き取り、それなりに可愛がって育てていた。健三が7歳の時に、未亡人のお藤と不倫関係になり、妻と離婚。それが原因で健三は実家に帰った。健三20歳の時に養子縁組も解消。以来16年間健三と会っていないが、健三が36歳になった今になって健三の前に現れ、それは金を無心するためであった。

 御常(おつね)・・・・健三の養母。他の女性に夫を取られそうな、不安な中、幼い健三に愛情を押し付け、健三に嫌悪感を残した。島田と離婚し、健三が実家に戻ってからは再婚した。健三とは7歳の時以来、会っていなかった。健三が、36歳になって二十数年ぶりに健三を訪ねてくる。健三が5円お常に渡すと帰ってしまう。島田に比べると対した金額は要求しないが、やっぱり金目当ての女。

 御縫(おぬい)・・・・島田の後妻、御藤(おふじ)の連れ子。健三は島田に連れられて、お縫いと遊びにいったこともあった。軍人に嫁いだ。美人だった。健三より一つ年上で作中で脊髄病で亡くなった。

 御夏(おなつ)・・・・健三の異母姉。よくしゃべる女性。じっとしていられず、常に家の中を動き回っている。字が書けない。裁縫もできない。持病の喘息があり、時折命も危ないのではないか、と周囲を心配させる。

 比田・・・・お夏の夫。病気の妻をほっておいて遊び歩き、愛人を囲ったりする冷淡な男。夫婦には養子がいるが、教育をつけていないので、よい仕事につけず、給料が低い。それを夫婦は不満に思っている。役人だったが退職して、退職金で金貸しをはじめる。

 健三の兄・・・・役人。激務で体を悪くしている。娘の病気のため金を使い尽くしたが娘は死んでしまった。葬式に行くのに礼服がなくて、健三のを借りにくるような暮らしをしている。健三によれば昔贅沢をした報いらしい。
===== 引用おわり
https://umiumiseasea.com/dokusyo/michikusa/
 


第3回  11日放送/ 13日再放送

  タイトル:『道草』とお腹の具合
 


【テキストの項目】

(1)  『道草』はB級なのか?
(2)  「くりかえし」が表す心象風景
(3)  『道草』の背景
(4)  『道草』と漱石の実人生
(5)   鏡子夫人をあなどるな!
(6)   漱石の「あたま」と「お腹」の関係
(7)   日常生活が「気持ち悪い」
(8)   胃病は「過去」という病
(9)   近代個人主義と「お腹の具合」
(10)「片付かなさ」とは何か


<出典>
阿部公彦(2019/3)、夏目漱石スペシャル、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)

 

2019年3月11日月曜日

(1537) 「女性差別だ」米連盟を提訴 サッカー女子W杯Vメンバー

 
      最新投稿情報
=====
(K0678)  障害介助「親なきあと」ノート <終活>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0678.html
=====
 
 一昨日は、東京日帰り。新幹線でニュースが流れていた。
 
===== 引用はじめ
 サッカー女子のワールドカップで、前回優勝したアメリカ代表の選手たちが、男子代表よりも報酬が低いのは差別にあたるとして、国際女性デーにあたる8日、アメリカサッカー連盟に対して訴えを起こした。
 「報酬に格差があるのは、性差別によるもので違法」だとして、アメリカサッカー連盟に対して、男子と同等の報酬の支払いを求めている。
 アメリカ女子代表は現在、FIFA(国際サッカー連盟)ランキング1位で、過去3回のワールドカップで優勝している一方、男子代表は25位となっている。
===== 引用おわり
https://www.fnn.jp/posts/00413748CX
 

 「お金をもらうためには稼がねばならない」という意識が私にはあるので、こういうニュースを聞くと愕然とする。まあ、私に金を払えと言っているのではないのだから、別にいいのだけれど。
 
 「性差別」はいけないというのは正論で、それは反対する余地はない。
 

 ただ「性差別」を「打ち出の小槌」に使っているのではないかという気がする。

 アメリカサッカー連盟が、男子サッカー・女子サッカーの両方を統括しているなら、アメリカサッカー連盟の中の問題である。

 しかし、「アメリカ男子サッカー連盟」と「アメリカ女子サッカー連盟」とに分かれていたらどうなるのだろうか。「性差別」が違法だから、「アメリカ男子サッカー連盟」から「アメリカ女子サッカー連盟」に金を払えということになるのだろうか。「アメリカ男子サッカー連盟」は、「性差別」の責任を負わなければならないのだろうか。

 同じ組織内だと見えない問題が、別の組織だと見えてくる。
 
 
<出典>

「女性差別だ」米連盟を提訴 サッカー女子WVメンバー
https://www.fnn.jp/posts/00413748CX