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2016年7月17日日曜日

(571) 法隆寺よりは停車場を / 坂口安吾『堕落論』(3)(7月18日(月) 22:25- Eテレ放送)


 キーワードは『堕落』で間違いはないと思うが、それだけでは落ちて沈みっぱなしになってしまう。もう一つ別のキーワードがあるはずで、それは『美』ではないかと思う。
 
 
安吾の『堕落』が普通の意味の「堕落」ではなかったように、安吾の『美』もまた普通の意味の「美」ではない。さらにややこしいのは、異なるいくつかのものを安吾は『美しい』と見ている。『堕落』とは何かとばかり考えるのではなく、並行して『美』とは何かを考えれば、全体像がより見えてくるのではないか。

 
以下、考察を進める。考察の材料はテキストから拾うが、考察そのものは、テキストには書いていない、私のものである。

 安吾は、さまざまなものに『美しさ』を感じる。

 

(1)    (人工的作られた庭ではない)大自然

===== 引用 はじめ  P.55
 芭蕉は庭をでて、大自然のなかに自家の庭を見、又、つくった。 … 彼の俳句自体が、庭的なものを出て、大自然に庭をつくった、と言うことが出来る。その庭には、ただ一本の椎の木しかなかったり、ただ夏草のみがもえていたり、岩と、浸み入る蝉の声しかなかったりする。 … そうして、龍安寺の石庭よりは、よっぽど美しいのだ。
===== 引用 おわり

 
(2)    実際の生活が魂を下しているところ

===== 引用 はじめ  P.62 , P.64
 武蔵野の静かな落日はなくなったが、累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち、埃のために晴れた日も曇り、月夜の景観に代ってネオン・サインが光っている。ここに我々の実際の生活が魂を下している限り、これが美しくなくて、何であろうか。
===== 引用 おわり

 
(3)    「美しくするために加工した美しさがない」ものが美しい

===== 引用 はじめ  P.61
 この三つのもの(*)が、なぜ、かくも美しいか。ここには、美しくするために加工した美しさが、一切ない。美というものの立場から附け加えた一本の柱も鋼鉄もなく、美しくないという理由によって取り去った一本の柱も鋼鉄もない。
===== 引用 おわり
(*) 小菅刑務所の建物、ドライアイスの工場、入り江に浮かぶ軍艦

 
(4)   偉大な破壊、運命に従順な人の姿

===== 引用 はじめ  P.10 – P.11
 … けれども私は偉大な破壊を愛していた。運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである。 …
 … 私は戦(オノノ)きながら、然し、惚れ惚れとその美しさに見とれていたのだ。私は考える必要がなかった。そこには美しいものばかりで、人間が無かったからだ。
===== 引用 おわり

 

安吾は、(人工的作られた庭ではない)大自然が美しいとい言い(1)、自然が破壊されても、実際の生活が魂を下しているところは美しいと言い(2)、そこに「美しくするために加工した美しさがない」のが美しいと言い(3)、それらすべてを破壊するもの・その運命に従順な人間の姿も美しいと言う(4)

 
この4つに安吾は『美』を見ているが、この4つを一つの概念にくくるのは難しい。安吾は、「本来の生命力のままに生きていく」人間の姿を、思考や言葉ではなく、美意識によって嗅ぎ分けていたのではないか。

 

ついに安吾は「法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい」と暴言を吐く。

===== 引用 はじめ  P.62
 生活こそが、そして、生活における「必要」こそが美である。これが、安吾美学の結論です。「法隆寺をとりこわして駐車場を」などと言うといかにも無茶苦茶な暴論に聞こえますが、そうした過激な言い回しを用いて安吾が主張しようとしているのは、要するに、暮らしに根ざさない文化は意味がないということにほかなりません。
=====

 

デカダンス・反デカダンス

===== 引用 はじめ  P.66
 安吾は、そのすさんだ実生活ぶりからしばしば「デカダンス」のレッテルを貼られましたが、この文化論がめざしたのは、むしろ逆に「反デカダンス」だったと言えます。デカダンスとは、文化が爛熟した果てに退廃して病的になり、衰弱していく症候のことですが、安吾が主張するのは、まさに、タクトなどが賛美する伝統文化のありかたこそデカダンスであり、そこから脱して、人間がその本来の生命力のままに生きていく原点に還ることによって健康をとりもどせということなのです。
===== 引用 おわり

 
出典:
大久保喬樹(2016/7)、坂口安吾「堕落論」、100de名著、NHKテキスト

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