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2021年9月26日日曜日

(2466) ル・ボン『群衆心理』(4-2) / 100分de名著

 【 読書 ・ 100de名著 】『群衆心理』は、群衆を思いのままに操る裏ノウハウ本になります。しかし、裏を返せば、私たち市民にとっては抵抗のための参考書ともなりえます。SNSが発達した現代こそ、必読の一冊だと思います


第4回  27日放送/ 29日再放送

  タイトル: 群衆心理の暴走は止められるか

 

放映は、   月曜日 午後 10:25~10:50

再放送は、  水曜日 午前 05:30~05:55

 及び        午後 00:00~00:25

 

【テキストの項目】

(1)  群衆には「特性」がある

(2)  コロナ禍と群衆

(3)  群衆の特性を引き出す指導者は現れるか

(4)  教育は群衆化を防ぐ砦となりうるか

 

(5) 「暗示的な見解」の行間を埋めていく

(6)  ささやかな抵抗のために

(7) 「わかったつもり」の恐ろしさ

(8)  複雑な時代の必読書

 

【展開】

(1)  群衆には「特性」がある

(2)  コロナ禍と群衆

(3)  群衆の特性を引き出す指導者は現れるか

(4)  教育は群衆化を防ぐ砦となりうるか

 以上は、既に書きました。

 

(5) 「暗示的な見解」の行間を埋めていく

 群衆のエネルギーがポジテイブな方向にも働きうることを含め、その心理を探究していけば、「幾多の歴史的、経済的現象をも大いに明らかにす」ることができる。ル・ボンはそう考えていました。

 本書には、「著者が試みつつある探求の簡単な概説、単なる摘要にすぎないかも知れない。従って、この研究には、若干の暗示的な見解のみを求むべきである」と、言い訳するように書かれていますが、確かにその通りです。ここに絶対的な正解が書いてあるわけではありません。時代や状況に合わせて、一人ひとりがル・ボンの残した「暗示的な見解」の行間を埋めるように考え続けていくことが重要なのだと思います。

 

(6)  ささやかな抵抗のために

 ル・ボンが指摘するように、私たちは誰でも群衆になりえます。知らず知らずのうちに、自分も群衆となって暴走してしまうかもしれない。今も、そのなかにいるかもしれない。その自覚がないことが、まさに群衆の特性の一つなのです。

 「自分もこのなかにいる」と考えることは、思考の幅を広げることにつながります。「自分は違う」から「自分もそうかもしれない」と切り替えると、問いなおすべき課題や深く考えるべき課題が無数に出てきます。その「複雑さ」を「わかりやすさ」のふるいにかけてしまっては、元の木阿弥です。群衆に巻き込まれないようにするために、「わからない」状態を恐がってはならない。

 

(7) 「わかったつもり」の恐ろしさ

 第3回で、断言・反復・感染という群衆心理の操作手段を紹介しました。その効果は数々の歴史が実証済みです。したがって、群衆心理の負の側面に巻き込まれないためには、三つの手段を裏返して問いにすればいいのです。

 会話や議論をする時は、「そこから何がこぼれ落ちるか」ということをつねに考える。

 繰り返し目にする主張は、誰かによって反復されている可能性を考える。あるいは、同じ主張を反復することでその人が何を得ようとしているのかを考える。

 周囲と同じ意見をもつことが多くなったり、考えが画一化してきたと感じた際には、誰かが煽動した主張に感染していないか、いちど立ち止まって考える。あるいは、「自分の意見」だと思っているものが、本当に「自分の意見」なのかどうかを自問する。

 

(8)  複雑な時代の必読書

 価値観はこれからますます多様化し、世の中はどんどん複雑になっていくでしょう。私たちは、そのなかを生きていく以外の選択肢をもちません。とにかくシンプルに、できるだけわかりやすく、という昨今の風潮は、現実の複雑性を一時的になかったことにしようとするもので、必ず無理が生じます。複雑にからみあい、ぐねぐねと曲がりくねった現実に体を合わせるか、どうすれば合わせられるかを自分なりに考えて生きていくしかない。にもかかわらず、「わかりやすさ」に飛びついて無理やり押し切ろうとしたり、考えることを放棄して「無関心さに浸透されて」いったりすれば、必ず歪みが生じますし、結果的に心身を痛めることになると思います。

 

<出典>

武田砂鉄(2021/9)、ル・ボン『群衆心理』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)



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