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このブログは、左側の投稿欄と右側の情報欄とから成り立っています。

2020年9月30日水曜日

(2108)  二重信仰 / 日本人にとって信仰とは何か(7)

 

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(K1249)  最期によりそう「看取り犬」の奇跡 <臨死期>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1249.html

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同じ人が初詣に行き、節分をやり、お盆にはお墓参りをし、クリスマスになればパーティーを開く。さらには、結婚式はキリスト教式で挙げるという人が少なからずいるこれらは、まさしく、日本的な文化宗教といえよう

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 いまだ少なからぬ家に神棚と仏壇の両方があることをもって、ひとりの人が氏子をやり檀家となっていて、初詣にも行きお墓参りにも行くことなどをもって、そのような状況を「二重信仰」あるいは「多重信仰」「重層的信仰」というような言葉によって表現しているのを時々目にすることがある。しかしながら、これには違和感を覚えざるをえない。

 結局は「信仰」という言葉の定義に関わる問題であるが、祀られている神が何かも知らず、そのお寺の宗旨も知らない状態を、「信仰している」「信仰している者である」といえるであろうか。

 

 文化宗教というのは、少なくとも純粋なあるいは熱烈な信仰心をともなわない「行事」なのである。賽銭なりお布施なりを拠出する行為は、そのような信仰心をともなわない「慣習」にしたがっているだけである。

 「信仰をもたない『信者』が重層的に存在している」これがこの国の宗教のありようなのである。

 

続く。

 

<出典>

渡辺浩希、日本の宗教人口 -2億 と2-3割 の怪の解一

https://www.musashino-u.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00001382.pdf&n=No.27%EF%BC%882011%E5%B9%B43%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E3%80%80%E6%B5%A9%E5%B8%8C%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E2%80%95%EF%BC%92%E5%84%84%E3%81%A8%EF%BC%92-%EF%BC%93%E5%89%B2%E3%81%AE%E6%80%AA%E3%81%AE%E8%A7%A3.pdf

 

 「二重信仰」の画像を検索すると、添付のような写真ばかり。日本ではカワイイ!と言われているのに欧米人には理解されない「ニッポン女子の美的感覚」4パターンとは、「八重歯」「涙袋」「二重」「美白」だそうです。イヤイヤ、今日はそういう話ではなく……

https://www.madameriri.com/2013/03/09/%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%8C%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%82%A4%E3%81%AE%EF%BC%9F%E5%A4%96%E5%9B%BD%E3%81%A7%E3%81%AF%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA/




2020年9月29日火曜日

(2107)  谷崎潤一郎スペシャル(0) / 100分de名著


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(K1248)  意味付けして初めて意味が現れる / 「生命はみな平等」(2) <臨死期>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1248-2.html

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100de名著」 谷崎潤一郎スペシャルが、105()から始まります。Eテレ。

放映は、   月曜日 午後 10:25~10:50

再放送は、  水曜日 午前 05:30~05:55

 及び        午後 00:00~00:25

講師は、島田雅彦(作家、法政大学教授)

 

 

<全4回のシリーズ>  いずれも10

【はじめに】  欲望の深淵をのぞき込む

 

第1回  5日放送/ 7日再放送

  タイトル: 『痴人の愛』- エロティシズムを凝視する

 

第2回  12日放送/ 14日再放送

  タイトル: 『吉野葛』- 母なるものを探す旅

 

第3回  19日放送/ 21日再放送

  タイトル: 『春琴抄』- 闇が生み出す物語

 

第4回  26日放送/ 28日再放送

  タイトル: 『陰翳礼讃』- 光と影が織りなす美

 

 

【はじめに】  欲望の深淵をのぞき込む

 

 「野蛮で不良」と、ごく良識的な同時代の読者からは眉根を顰められただろう谷崎潤一郎という作家が、これほどまでに長く愛され、日本の文学史上に燦然と名を刻むことのできた大きな理由は、その魅力的な毒性にあるように思います。彼は何を成し遂げたのかを一言でいえば、「色好み」という概念の普遍化、あるいは「変態性」の有効活用ということになるでしょう。

 

 やはり一番の功績は、自分自身の「変態性」を自覚したうえで人間の抱え込む複雑な欲望や無意識の本能、ひいては人に知られるのがはばかられる性的倒錯を、『源氏物語』以来の「色好み」という文脈でおおいに肯定してみせたことにほかなりません一部には、谷崎のおかげで自分の欲望を否定せずにすんで救われたという読者もいたはずです。こうして「変態性」の共犯関係が、谷崎と読者のあいだには結ばれるのです。

 

<出典>

島田雅彦(2020/10)、谷崎潤一郎スペシャル、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)



2020年9月28日月曜日

(2106) 【来月予告】谷崎潤一郎スペシャル。【投稿リスト】デフォー『ペストの記憶』 / 100分de名著


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(K1247)  高齢者自殺 動機は「健康」 <高齢者の自殺>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1247.html

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【来月予告】 谷崎潤一郎スペシャル / 100de名著

 

202010月号 (100de名著)    テキストは、9月25日発売(NHK出版)

谷崎潤一郎スペシャル。講師:島田雅彦(作家、法政大学教授)

 

人間の欲望を凝視した確信犯

 

 生涯にわたり一貫して工ロティシズムを凝視、追究しつづける一方で、自在に変幻する多彩な作風で知られる谷崎潤一郎。「性とは」「美とは」、そして「人間の業とは」。代表作『痴人の愛』『吉野葛』『春琴抄』『陰翳礼賛』を軸とし、谷崎が生涯追い続けたという根源的テーマに迫る。

 

 

【投稿リスト】 デフォー『ペストの記憶』

公式解説は、

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/101_defoe/index.html#box00

 

私が書いたのは、

 

(2078)  デフォー『ペストの記憶』(0) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/08/2078-0100de.html

 

(2081)  デフォー『ペストの記憶』(1-1) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2081-1-1100de.html

 

(2082)  デフォー『ペストの記憶』(1-2) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2082-1-2100de.html

 

(2088)  デフォー『ペストの記憶』(2-1) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2088-2-1100de.html

 

(2090)  デフォー『ペストの記憶』(2-2) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2090-2-2100de.html

 

(2095)  デフォー『ペストの記憶』(3-1) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2095-3-1100de.html

 

(2097)  デフォー『ペストの記憶』(3-2) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2097-3-2100de.html

 

(2102)  デフォー『ペストの記憶』(4-1) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2102-4-1100de.html

 

(2104)  デフォー『ペストの記憶』(4-2) / 100de名著

http://kagayaki56.blogspot.com/2020/09/2104-4-2100de.html

 

<出典>

武田将明(2020/9)、デフォー『ペストの記憶』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)

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2020年9月27日日曜日

(2105)  自分では信仰心がないと思っているのに、信仰心があると数えられる人たち / 日本人にとって信仰とは何か(6)

 

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(K1246)  定年も退職金もない働き方 <定年>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1246.html

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(実家)に帰れば同じお茶の間の空間に仏壇もあれば神棚もある。多くの日本人は、初詣、お盆、お彼岸、七五三、結婚式、葬儀や法事、祭礼、魔除け、祈願など、季節や人生の節目に神社やお寺と関わりをもつ

☆☆

 

 日本人の多くは、自らは信者であるという意識なく、神道系と仏教系とのいずれもの教団がそれぞれわが教団教の信者であるとみなすような行為、行動を日常的にしている。

 神社の氏子あるいは寺院の檀家としての意識を普段はもっていなくとも、祭礼の寄附に応じて実際に参加し、檀那寺の修改築に協力する人々は少なくない。

 しかしながら、一人ひとりに向かって、「あなたは神社にお参りに行きましたね、ではあなたは神道の信者ですね」「お寺さんに墓参りに行きましたね。あなたは何々宗の信者ですね」と聞いてみると、「えっ、いやそうじゃないですよ」と答える人が7割がたになる。あらためて個人に尋ねれば、実際、信条として不信心や無宗教、あるいは無神論考と称する人は多いのである。

 習俗、風習、慣習といったものとして、もともとは宗教的な意味合いをもっていた行為が、その意味合いは剥落しつつ、なお残存している。したがってそこは文化宗教と制度宗教とが相俟つことになるわけだが、そういった人、個人の側では信者意識は非常に低くても、それらが宗教行為であるという意識は薄くとも、教団側からすれば当然うちの信者さんということになる。

 

 続く

<出典>

渡辺浩希、日本の宗教人口 -2億 と2-3割 の怪の解一

https://www.musashino-u.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00001382.pdf&n=No.27%EF%BC%882011%E5%B9%B43%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E3%80%80%E6%B5%A9%E5%B8%8C%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E2%80%95%EF%BC%92%E5%84%84%E3%81%A8%EF%BC%92-%EF%BC%93%E5%89%B2%E3%81%AE%E6%80%AA%E3%81%AE%E8%A7%A3.pdf

 

添付図は、「神棚と仏壇を祀るには~対立しないよう注意が必要~」より。

更新日:2019111日 公開日:2017129

https://kamidanajapan.com/butsudan/



(2104)  デフォー『ペストの記憶』(4-2) / 100分de名著

  

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(K1245)  死後の後始末 遺言とセットで <死後事務>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1245.html

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デフォーの存命時の版画。右(強調のため一部を拡大したもの)はデフォーの隣に悪魔を配し、二人を仲間とみなしたもの。左はデフォーの背中を悪魔が馬跳びで越えようとしている。悪魔の仲間・同類とみなされている

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(添付図)

 

第4回  28日放送/ 30日再放送

  タイトル: 記録すること、記憶すること

 

放映は、   月曜日 午後 10:25~10:50

再放送は、  水曜日 午前 05:30~05:55

 及び        午後 00:00~00:25

 

 

【テキストの項目】

(1)   油断が招いた第二波

(2)   終息も「神のご意思」

(3)  「それでもぼくは生きている!」

(4)   埋葬地のその後まで描いたデフォーの観察眼

(5)  「ごちゃ混ぜの作品」の魅力

 

(6)   文学スタイルの宝庫

(7)   真の主人公は誰か

(8)   デフォーもペスト?

(9)  他の災害文学との比較

(10)果たしてこれは小説か

(11)災害を記憶するために文学にできること

 

【展開】

(1)  油断が招いた第二波

(2)  終息も「神のご意思」

(3)  「それでもぼくは生きている!」

(4)  埋葬地のその後まで描いたデフォーの観察眼

(5)  「ごちゃ混ぜの作品」の魅力

 以上は、既に書きました。

 

(6)  文学スタイルの宝庫

 三つ目の「ごちゃ混ぜ」は、様々な文学的スタイルが出てきて、読者を飽きさせないということです。

 例えば、H・Fの悩める心のうちを描いたエピソードは、一人称の告白文学として読めますし、「さすらい三人衆」の長いエピソードは、ピカレスクロマン(悪漢小説)として読むことも可能でしょう。そして、『ペストの記憶』は当時の条例や死亡週報をそのまま引用しています。ここにはジャーナリズム的な記録文学の側面が見られます。さらに、フランツ・カフカなど二十世紀の不条理文学を想起させるエピソードもあります。

 

(7)  真の主人公は誰か

 『ペストの記憶』において、真の主人公がいるとすれば、それは誰なのでしょうか。形式的には、語り手H・Fが主人公ということになるでしょう。しかし、本人の体験談はこの本の一部に過ぎません。主人公はロンドンである、と指摘する人もいます。作品のほぼすべてがロンドンにおける出来事に捧げられています。

 この本の真の主人公は、ペストという考えもあります。『ペストの記憶』は、語り手H・Fがペストを議論する場面から始まります。雑談の主題はペストです。以降、視点はひっきりなしに移り変わりますが、すべてのエピソードをつなげる唯一の共通点はペストなのです。

 

(8)  デフォーもペスト?

 デフォーは、なぜこのような不思議な作品を書くことができたのでしょうか。それは、他ならぬデフォー自身が常識の枠から大きくはみ出した人物だったからだと思います。

 作家業だけでなく、変な事業に手を出したり、投獄されたり、政府のスパイを務めたりと、無数の顔を持つ人物、デフォー。 … この本を書いたデフォーという人間もまたペストのように予測不能で、荒唐無稽で、怪物的なエネルギーを持っていたのです。デフォーがペストについて書いたということ自体が、文学史的に見てひとつの奇跡ではないかと思います。

 

(9)  他の災害文学との比較

 最もよく比較される『ペスト』(アルベール・カミュ)は、人間の存在をめぐる哲学的な問いを突きつけています。執筆に五年以上を費やしたとされるこの傑作は、文学作品としての完成度が高く、「ごちゃ混ぜ」の『ペストの記憶』とは読んだ印象がかなり異なります。

 また、『ペスト』は、現実に生じたパンデミックの記録ではなく、いわば人間が直面する様々な極限状況の比喩として疫病流行が扱われています。

 

(10)果たしてこれは小説か

 『ペストの記憶』は、崇高さと卑俗さが独自の融合を遂げ、読者の好奇心を刺激しつつ、倫理的・宗教的な問題にも通じている作品です。周到に構成された文学作品とは異なり、一気呵成に書かれたがゆえに、現代の私たちが読んでも緊迫感と生々しさか充溢しているのを感じることができます。 … 『ペストの記憶』は混沌とした記録文学です。しかし、それこそが『ペストの記憶』の個性であり、他にはない魅力なのです。

 

(11)災害を記憶するために文学にできること

 「これは現代の問題じゃないか」という生々しい感覚は、かえって言葉だけで描かれたものから強く呼び起こされます。それこそが言葉のカであり、文学の持つ喚起力なのです。

 『ベストの記憶』を読むことで、忘れられた災厄の記憶を思い出す。しかもグロテスクな無意識のような形のままで遭遇する。これは、未来の私たちも含めた、あらゆる時代の都市に暮らす人々にとって、意味を持つことになるでしょう。

 

<出典>

武田将明(2020/9)、デフォー『ペストの記憶』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)



2020年9月25日金曜日

(2103)  J・グレコさん死去 93歳、仏シャンソン歌手

 

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(K1244)  「生きる意味」の意味 / 「生命はみな平等」 <臨死期>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1244.html

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「枯葉」。音楽に疎い私だが、越路吹雪さんの唄で私の頭に記憶されている。「あれは遠い想い出/やがて消える灯影も/窓辺赤く輝き/光りみちたあの頃/時は去りて静かに/降りつむ落葉よ/夢に夢を重ねて …」

☆☆

 

 フランスのメディアによると、同国を代表するシャンソン歌手ジュリエット・グレコさんが23日、死去した。93歳だった。

 1927年、南部モンペリエ生まれ。第2次大戦後のパリで哲学者サルトルや芸術家コクトーらと交流し、シャンソンの名曲「枯葉」などを歌った。女優としても活躍。日本のシャンソンブームで大人気となり、来日公演を多数行った。

 

===== 引用はじめ

 『枯葉』は、1945年にジョゼフ・コズマが作曲し、後にジャック・プレヴェールが詞を付けた、シャンソンのナンバーである。

 ミディアム・スローテンポの短調で歌われるバラードで、6/8拍子の長いヴァース(序奏部)と、4拍子のコーラス部分から成り、その歌詞は遠く過ぎ去って還ることのない恋愛への追想を、季節を背景とした比喩を多用して語るものである。

 第二次世界大戦後のシャンソンの名曲であるだけでなく、世界的にも有名なスタンダードである。 また、いち早く、ジャズの素材として多くのミュージシャンにカバーされ、数え切れないほどのレコーディングが存在することでも知られる。

 フランス語の原詞のほか、日本語をはじめ各国語の歌詞を与えられ、広く歌われている。

===== 引用おわり

枯葉  歌:ジュリエット・グレコ Juliette Greco

http://pacem.web.fc2.com/youtube_movie/chanson/kareha_greco.htm

  動画あり

 

<出典>

J・グレコさん死去 93歳、仏シャンソン歌手

[20209241126]  日刊スポーツ

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202009240000108.html



 

2020年9月24日木曜日

(2102)  デフォー『ペストの記憶』(4-1) / 100分de名著


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(K1243)  親の介護、4050代正社員の26%が離職意識 女性多く <介護>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1243-405026.html

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最終回では、はじめにペスト終息の様子を確認してから、『ペストの記憶』という作品の文学的な特徴をまとめ、さらにはペスト流行のような災害を記録し、記憶するために文学に何ができるのかを考えてみたい

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第4回  28日放送/ 30日再放送

  タイトル: 記録すること、記憶すること

 

 

【テキストの項目】

(1)   油断が招いた第二波

(2)   終息も「神のご意思」

(3)  「それでもぼくは生きている!」

(4)   埋葬地のその後まで描いたデフォーの観察眼

(5)  「ごちゃ混ぜの作品」の魅力

 

(6)   文学スタイルの宝庫

(7)   真の主人公は誰か

(8)   デフォーもペスト?

(9)  他の災害文学との比較

(10)果たしてこれは小説か

(11)災害を記憶するために文学にできること

 

【展開】

(1)  油断が招いた第二波

 ペストはどのように終息していったのでしょうか。H・Fによれば、1664年末に最初の死者を出し、翌65年の春から夏に猛威をふるったペストは、その年の九月末になると、勢いに翳りが出始めたといいます。感染者の数は相変わらず多かったものの、死者の数が減り始めた、つまり「病気の悪性は弱まっていた」のです。

 しかし、油断が第二波を招き、結局、本当に疫病が終息したのは、寒さの続く翌年二月のことでした。

 

(2)  終息も「神のご意思」

 では、ペストが終息した最大の要因は何だったのでしょうか。H・Fに言わせれば、… 「ロンドンの町の状況が真に壊滅的と思われたまさにそのとき、いわば神が直に手を下して、この敵の怒りを鎮めてくださった」というのです。

 H・Fは、神を心の支えとすることで不安を乗り越えてきました。疫病の克服には、各人の自助努力に加え、行政の対応や医学の進歩が欠かせませんが直ちに結果を得られないことが多々あります。… こうしたときに、何か心の拠りどころとなるものは、宗教に限らずとも必要ではないでしょうか。

 

(3)  「それでもぼくは生きている!」

 ペストの終息を「神のご意志」と考え、神に感謝する姿勢を見せたのは、語り手一人ではありませんでした。少なくとも当時は、多くの市民も同じ気持ちを共有していたのです。

 そしてこのペストの日誌は、H・Fの手による短い詩で結ばれます。

    時は千六百六十五年

    恐怖のペスト、ロンドンを襲う

    消された命はざっと十万

    それでもぼくは生きている!

                H・F

 お世辞にも上手いと言える詩ではありませんが、ここには恐ろしいペストを生き抜いた喜びが素直に表われていて、そのシンプルさが胸を打ちます。

 

(4)  埋葬地のその後まで描いたデフォーの観察眼

 疫病の発生と共にロンドンじゅうの教会で掘られた埋葬地は、終息後は別の用途に使われ、忘れ去られる場所もありました。ある埋葬地は、所有者が転々と変わった末に住宅が建てられることになり、「基礎工事のために地面を掘ると遺体が現れたが、まだ元の姿を留めているものもあって、女性の頭部は長い髪からはっきり見分けられたし、他にも肉がまだ溶け切らず残っている遺体もあった」といいます。

 デフォーの著作が異様にリアルである背景には、こうした醒めた観察眼――センチメンタルに流されず、読者におもねることなく、現実を直視する一人の市民としての目線があるのです。

 

(5)  「ごちゃ混ぜの作品」の魅力

 さて、『ペストの記憶』の特徴を簡潔にまとめるならば、「ごちゃ混ぜの作品」となるでしょう。それは主に三つの面から指摘できます。

 第一に、この本がひとつの物語に回収されるのではなく、様々なエピソードから成っていること。エピソードには語り手の体験として語られるものもあれば、彼が聞いたうわさ話もあります。

 二つめの「ごちゃ混ぜ」は、市民と行政の双方の視点から書かれていることです。『ペストの記憶』は、ペストという疫病対策について「正解」を提示してはいません。様々な立場に立って記述し、ひとつの意見だけを正解としない姿勢は、両論併記にも通じるバランス感覚であると言えそうです。

 

 以下は、後に書きます。

(6)  文学スタイルの宝庫

(7)  真の主人公は誰か

(8)  デフォーもペスト?

(9)  他の災害文学との比較

(10)果たしてこれは小説か

(11)災害を記憶するために文学にできること

 

<出典>

武田将明(2020/9)、デフォー『ペストの記憶』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)



2020年9月23日水曜日

(2101)  日本の宗教人口(2億 659万 5,610人)の謎/ 日本人にとって信仰とは何か(5)

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(K1242)  介護ベッド、隙間に注意 高齢者の事故増加、死亡も <介護>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/09/k1242.html

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神社本庁の信者は、氏子を基本とし、これに崇敬者を加えて算出される。仏教寺院の圧倒的多くはいわゆる菩提寺であり、その信者数は檀家として世帯数で把握されている。信者数は檀家数から推計されることになる

☆☆

 まず2億超の内訳を見てみると、神道系 1 582 4,798人、仏教系 8,954 834人、キリスト教系 214 3,710人、諸教 908 6,268人となっている。

 きわめて大雑把にいえば、神道系が 1億、仏教系が 1億となっていて、これが 2億超の主因であるといってよい。この先は、神道系と仏教系とについて考察をすすめる

 

(1)        神道系

 神道系 1 582 4,798人 のうち、実は、神社本庁の信者が9,5791,474人、神社本庁をはじめとする神社神道系の信者が 9,621 333人 であり、その他のうちの多くは教派神道のそれをはじめとして組織宗教およびその延長線上にあるものの信者として考えることができる。

 神社神道系、なかでも神社本庁の信者は、氏子を基本とし、これに崇敬者を加えて算出される。氏子とは、広義には、氏子区域に住む住民すべてを指し、崇敬者とは、氏子区域外の住民でその神社にたいして崇敬の念をもつ人々、もしくは氏子区域をもたない神社に崇敬の念をもつ人々である。

 例えば教派神道に分類されるある教団の信者として、あるいは神道系の単立の宗教法人の信者として数えられながら、神社神道のある神社の氏子あるいは崇敬者として二重に数えられている人もある可能性があり、さらには神社本庁のなかでも氏子としてかつ崇敬者として複数回数えられている人もあろう。また、初詣の参詣者数を信者数としてそのまま報告している神社もあるという。

 

(2)  仏教系

 仏教寺院の圧倒的多くはいわゆる菩提寺であり、その信者数は檀家として世帯数で把握されている。信者数は檀家数から推計されることになる。

 都市に流入した人間 (およびその子孫 )の、 … 圧倒的に多のひとは、最終的には田合のお墓に納まるか、さもなくば新たにその都市 (あるいはその近郊)においてお墓を買うなどして新たな檀家となるという状況が見られる。伝統的な檀家制度は崩壊しつつあっても、お墓があってそこに納まり、残された人は墓参するというありよう自体はいまだに日本人全体に共通しているといえよう。

 霊園事業の母体の多くは仏教系の宗教法人であり、そこにお墓を買い定期的に基参する人々は信者の意識はもっておらずとも、宗教法人の側では彼らを自らの信者に数えよう( 墓そのものは公営の霊園等にあっても、本人、家族、遺族らがその附近の寺院等のあらたな檀信徒となる例も多い)

 また、『宗教年鑑』の「仏教系」には、仏教系のいわゆる新宗教も含まれている。 … 亡くなればその菩提寺にてお葬式をあげる。したがって、「仏教系」のなかで二重に数えられている可能性がある。


 続く

<出典>

渡辺浩希、日本の宗教人口 -2億 と2-3割 の怪の解一

https://www.musashino-u.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00001382.pdf&n=No.27%EF%BC%882011%E5%B9%B43%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E3%80%80%E6%B5%A9%E5%B8%8C%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E2%80%95%EF%BC%92%E5%84%84%E3%81%A8%EF%BC%92-%EF%BC%93%E5%89%B2%E3%81%AE%E6%80%AA%E3%81%AE%E8%A7%A3.pdf



2020年9月22日火曜日

(2100) 「打診の手筋」 第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負 第一局

 

 

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(K1241)  あなたは大丈夫?『脚力・能力チェック』 <体の健康><脳の健康>

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☆☆

「打診は、将棋の対局でも理論上は生じ得るが、現実に起こることはほとんどない」。それを実践で応用している点においても、藤井聡太棋聖はすごい。打診は将棋の世界を離れて、他の人と議論するときに役立つ

☆☆

  「打診の手筋」が、興味深い。私の言葉で言えば「今決めなければ、自ずから決まる」である。

  相手との丁々発止の応酬の中で、流れをいったん止め、相手が応ぜざるえない手を打って、相手の対応を確定させてから、手を戻す。

 以下の例で言えば、▲1三角成は王手なので、「流れをいったん止め、相手が応ぜざるえない手」である。相手をかく乱する効果もあり、極めて合理的な闘い方である。

 これは、我が身をいったん戦局から放さないと、打てない手である。

 ===== 引用はじめ

 藤井七段が挙げたポイントは109手目の▲1三角成の局面。藤井七段が今シリーズで一番印象に残る一手としている。

 「先手としては、かなり突っ張った手です。この局面の前に▲7五香△同銀と進み、先手は後手の7五の銀を、歩か銀のどちらかで取り返すのが自然な手です。▲1三角成は、いったん王手をして相手の手を見てからどちらで手を戻すか決めようという狙いです」

 詰め将棋には「打診の手筋」がある。自陣にいる相手の駒に働きかけて、「成」か「不成」かの選択を聞く意味だ。

 この▲1三角成の王手に対して後手がどう対応するかによって、自分の手を決めるという「打診の手筋」の応用といえる。詰将棋解答選手権チャンピオン戦で5連覇中の藤井七段が、その実力を実戦で生かした。

===== 引用おわり

 

 ただし、「打診は、将棋の対局でも理論上は生じ得るが、現実に起こることはほとんどない。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%93%E8%A8%BA_(%E8%A9%B0%E5%B0%86%E6%A3%8B)

 一般的な意味から言うと、▲1三角成は「打診の手筋」のように見えるが、正確に言うと違う。だから先の引用文で、「詰め将棋には「打診の手筋」がある。自陣にいる相手の駒に働きかけて、「成」か「不成」かの選択を聞く意味だ。」が文脈から遊離してしまっている。

 

<出典>

初戦に光る終盤力 / 藤井聡太棋聖インタビュー

産経新聞(2020/09/20)

https://www.sankei.com/life/news/200920/lif2009200005-n4.html



2020年9月21日月曜日

(2099)  宗教に関するある類型論 / 日本人にとって信仰とは何か(4)

 

 

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(K1240)  個人Blog 9月中旬リスト <サイト紹介>

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☆☆

井門富士夫・ 竹村牧男による宗教類型論がある。文化宗教/制度宗教/組織宗教/個人宗教/会員宗教。キリスト教徒からは出てこない発想だろう。日本という特殊環境で論じられる。日本の宗教の説明に使える

☆☆

 

 いわゆる宗教の類型論には、例えば基本的なものとして

A)   一神教/多神教

B)   世界宗教(普遍宗教)/民族宗教

C)   創唱宗教/自然宗教

といったものなどがある

(注)創唱宗教(そうしょうしゅうきょう)とは、宗教をその発生形態で分類するとき、特別な一人(またはグループ)の創唱者によって提唱された宗教のこと。 日本の神道のように民間の習俗的な意識から自然発生的に生まれてきた自然宗教に対して用いられる(Wikipedia)

 

これとは別に次のようなものもある

D)   井門富士夫・ 竹村牧男による宗教類型論

  文化宗教

 文化的な枠組みのなかでの一種の宗教行動。

  制度宗教

 地域あるいは家族といった制度に支えられて成立している宗教。

  組織宗教

 いわゆる教祖といった存在を中心に新たに組織された宗教。

  個人宗教

 宗教書や文学、芸術等を学びながら、個人の内心において宗教的な世界観とか人生観とかを築いていく、そういうところに見られる宗教行為。

  会員宗教

 教団の宗教(制度宗教/組織宗教)と個人宗教の中間形態のありよう。

 

 これは、本稿で問題としている2億と2-3割の怪を解くにあたって重要な鍵となる。

 

 結論の一部を先にいえば、神道系、仏教系それぞれの1億は、文化宗教および制度宗教によってそのあらかたが、組織宗教および会員宗教によってその一部が説明可能であると考える。

 

 続く

 

<出典>

渡辺浩希、日本の宗教人口 -2億 と2-3割 の怪の解一

https://www.musashino-u.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00001382.pdf&n=No.27%EF%BC%882011%E5%B9%B43%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E3%80%80%E6%B5%A9%E5%B8%8C%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E2%80%95%EF%BC%92%E5%84%84%E3%81%A8%EF%BC%92-%EF%BC%93%E5%89%B2%E3%81%AE%E6%80%AA%E3%81%AE%E8%A7%A3.pdf



2020年9月20日日曜日

(2098)  治水の歴史 信玄の優れた「川除法」

 

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(K1239) (徘徊)今、私は一体どこにいるのだろう(2) / 認知症の人の不可解な行動(36) <認知症>

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☆☆

堤防を一直線ではなく、断続的に築いていった。大水のときには堤防と堤防の間からあふれた水が堤防背後の遊水地に流れ込む仕組みにした。川の水を押さえ込むのではなく、爆発的にあふれ出るのを緩和しようとした

☆☆

  信玄の治水術で特筆されることの一つは、この御勅使川の流路変更だ。御勅使川が釜無川に合流する少し手前で川を2つに分流させている。「将棋頭」という石堤を築き、水流を南北2つに分け、新御勅使川という流れを作り、その新御勅使川を釜無川に合流させているわけだが、そこは高岩と呼ばれる崖が連続するところで、そのまま洪水になるようなところではなかった。しかも、そこに「十六石」という巨石を置き、御勅使川の流れを弱める工夫もなされていた。

  そしてもう一つ、信玄の工夫として特筆されるのが堤防部分だった。普通、堤防というと、川の水が土手を越えないように高さを保ちながら連続して築かれる。水量が多く、水が堤防の高さを越えそうになれば、堤防をますます高くするというのが一般的だ。

  ところが、信玄堤は原理からいって違っていた。堤防を一直線ではなく、断続的に築いていったのだ。こうすることで、大水のときには堤防と堤防の間からあふれた水が堤防背後の遊水地に流れ込む仕組みになっていた。つまり、川の水を押さえ込むのではなく、爆発的にあふれ出るのを緩和しようというのが、そもそもの発想だった。

  こうして、新しい御勅使川と釜無川が合流する高岩付近から下流にかけて、およそ1800メートルの長さの断続的な堤防を築いた。しかも、注目されるのは、堤防上のところどころに神社を祀(まつ)っているのである。村人たちが神社に参詣することを計算し、人々が土手の上を歩くことによって、堤防そのものが踏み固められるという効果も狙っていたことになる。

  この不連続の断続的な堤防を「霞堤(かすみてい)」といっている。これが「信玄流川除法」の特徴で、適当な角度をつけて雁行状に築かれ、これによって水勢を弱める効果もあった。

 <出典>

治水の歴史 信玄の優れた「川除法」 小和田哲男氏

【iRONNA発】産経新聞(2020/08/24)

https://www.sankei.com/affairs/news/200824/afr2008240004-n1.html

 

添付図は、

https://eizan.jimdofree.com/%E4%BF%A1%E7%8E%84%E5%A0%A4/