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2023年11月11日土曜日

ラッパと娘 福来すず子(趣里) vs. 笠置シヅ子

“朝ドラ「ブギウギ」覚醒スズ子が圧巻の歌唱、ネット喝采「凄い」「泣いた」「鳥肌」衝撃の展開も”(日刊スポーツ) 放映(2023/11/10 NHK)
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202311100000050.html

 とても素晴らしかったと思います。

福来すず子(趣里)の「ラッパと娘」、他の動画
https://www.youtube.com/watch?v=PlAopAZOKik

 

では、本家本元はどうだったか。

笠置シヅ子の「ラッパと娘」、他の動画
https://www.google.com/search?q=%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%91%E3%81%A8%E5%A8%98+%E7%AC%A0%E7%BD%AE%E3%82%B7%E3%83%85%E5%AD%90&oq=%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%91%E3%81%A8%E5%A8%98+%E7%AC%A0%E7%BD%AE%E3%82%B7%E3%83%85%E5%AD%90&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUyBggAEEUYOTIICAEQABgIGB7SAQk2NDA2ajBqMTWoAgCwAgA&sourceid=chrome&ie=UTF-8#fpstate=ive&vld=cid:5f29d03c,vid:o-s6dWvtb1k,st:0


比較されるのは、最初から分かっている。比較されて貧相だと思われると、趣里の俳優生命が終わってしまうかもしれない。重圧の中で、笠置シヅ子と似ていて、笠置シヅ子とは違うものを出さなければならない。

成功したと思う。

本人の頑張りだけではなく、歌唱指導もあり、振付指導もあっただろう。会場の盛り上がりを演出した効果音もなくてはならなかった。

よろしければ、「他の動画」もお楽しみください。




2023年7月24日月曜日

(2593) コロナウイルスが危ないです(私見)

結論: くれぐれも、感染対策をしていらっしゃってください。食事以外ではマスクをきちんとされていた方がよいでしょう。体調のお悪い方は参加をお控えいただいた方がよいかと思います。手洗い・消毒もきちんとしましょう。 

 

私が「コロナが危ない」と考える理由

 

1. 5類指定で世の中はすっかり気が緩んでいるが、コロナの怖さ自体は全く変わっていない。人々が無頓着になったので(怖くないと思いたいので、怖くないと考えることにしている?)、より危なくなっている

 

2. 5類指定でコロナ把握率が著しく低下したにも関わらず、把握できているだけでもコロナが相当増えつつある。見えないところで、猛烈に増えているのだろう

 

3. 「免疫があるからコロナにかからない」という大前提が怪しい。少なくとも100%正しいとは言えない(*)。ワクチンを打ってもコロナにかかる人がいるし、二度以上コロナにかかっている人もいる。専門家は免疫論を前提に話しているが、この前提が崩れた部分では、ワクチンの意味も集団免疫理論も成り立たない。

(*)100%正しくない」と言っているわけではありません。例えば「90%は正しいが10%は正しくない」(数字に根拠はありません)。この10%(?)を無視すると、痛い目にあいかねません。

 

兵庫県HPより

(県民の皆様へお知らせとお願い)新型コロナウイルスの感染が再拡大しています

「新型コロナウイルス感染症の状況:令和5713日(木曜日)に公表した兵庫県の定点報告数(73日(月曜日)~9日(日曜日))は8.36と増加傾向が顕著となってきており、全国の定点報告数も9.14と全国的に新型コロナウイルスの感染が拡大傾向にあります。…

https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf16/gorui.html



2023年7月19日水曜日

(2592) コロナワクチン接種について。打つべきか打たざるべきか

【 コロナワクチン ・ WHO 】 WHO=世界保健機関は、新型コロナウイルスワクチンの接種指針を改定しました。WHOが(2023年3月)28日に発表した新たな指針では、新型コロナワクチンの対象者を接種の優先順に3つのグループに分類しています。


 WHO 新型コロナワクチンの接種指針改定 健康な成人「追加接種を推奨しない」
~  2023年(今年)3月29日 にTBSが流したニュースのタイトルです(URLは下の資料(1)~動画あり)


 私の周りでは、この報道をほとんど知らないようです。3カ月以上経って「今更」の感があるが、まとめてみました。

 WHOは、コロナワクチンを打てとも、打つなとも言っていません。それだけでは意味がないので、
① 高齢者・重い併存疾患がある成人・免疫不全の人・妊婦・医療従事者
② 健康な成人ら
③ 生後6か月から17歳の健康な子ども
に分けて各々に対する「推奨」を書いています。打てとも打つなとも書いていません。
 WHOだから全世界に向けて発信しているが、主として、ワクチンを打つ経済力に乏しくかつ自国で方針を決められない国に対するメッセージで、アメリカや日本には立派な専門機関があるので各々の国の方針で進めてください、という考え方です。

 選択肢が示されて「それを参考にして自分で決めてください」と言われるのを多くの日本人は嫌がり、「国が決めてください」と言う。決まると、不平を言いつつも多くの人が国の方針に追従する ~ というのが日本でよくあるパターンで、「もうそれは卒業しましょう」と言われたと理解してはどうでしょうか。

 人それぞれ健康状態が違うし、考え方も違います。「打たないリスクもあるが、打つリスクもある」「期待される効果とそのためのコストの両方を考えて決めてください」というのがWHOの一貫した考えで、もっともだと私は思います。自分がどちらのリスクを選ぶかは、自分で決めるしかありません。

 集団免疫がない時期と集団免疫がある程度形成された時期、デルタ株が主流だった時期とオミクロン株が主流になっている時期、状況によって具体的な打ち手は変わります。方針が変わったからといって「以前に言っていたことは間違っていた」とは言えません。

 ワクチンを接種するかしないかは、他の人に強要できません。ただ自分が該当しなくても「高齢者・重い併存疾患がある成人・免疫不全の人・妊婦・医療従事者」への配慮は必要だと私は思います。

資料
(1) TBSニュース(起こった事実を報せている)
WHO 新型コロナワクチンの接種指針改定 健康な成人「追加接種を推奨しない」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/402567?display=1

(2) 簡単な説明
 WHOコロナワクチン新指針「基礎疾患のない成人、2回目接種推奨せず」
https://fukatsu-clinic.com/blog/2023/03/31/who%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E6%96%B0%E6%8C%87%E9%87%9D%E3%80%8C%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%84%E6%88%90%E4%BA%BA%E3%80%812/

(3) 詳しい説明
突然のWHO「ワクチン推奨しない」発表に「打つんじゃなかった」と思った人へ…手を洗う救急医Takaさんに本当の意味を聞いてみた
https://gendai.media/articles/-/108787


2023年7月13日木曜日

(2591) 正解には、六つある(5/5) ~ 上の生き方

【 正解 ・ 上の生き方 】 『上の生き方』は、「私の見識」と「相手の正解」だと思います。「私の見識」なら「彼らの見識」のなかで取り入れるものと捨て去るものを区別できます。深く愛し合う二人、強く結ばれた友人の間には「相手の正解」があります。 

※ 前回からの続き

 

(1)    正解はない   「彼らの正解」

(2)    全てが正解だ   「私の正解」

(3)    最善と思われる正解はある   「その場の正解」

(4)    それが正解だとは言い切れない   「相手の正解」

(5)    平均値が正解ではない  …「正解ゾーン」

(6)    正解より大切にしたいものがある  … 「私の見識」

 

 『上の生き方』は、「私の見識」と「相手の正解」だと思います。

 

 「私の見識」なら「彼らの見識」のなかで取り入れるものと捨て去るものを区別できます。そこが「私の正解」との違いです。「私の正解」は世界から孤立しているので、世間で通用しません。私の思い込みにすぎないからです。

 「私の見識」は、「何々は何々である」といった具体的な正解ではなく、正解に至る道筋のようなものです。それには、何が正しいかを貫く道理があり、ある種の普遍性があり(全てにではない)、柔軟性があり、常に未完であり(未だ完成していない)、自己学習能力があり、成長を続けます。価値体系があるため、一つ一つの正解は孤立せず、互いに結びつき、調和を形成しています。

 

 一方、深く愛し合う二人、強く結ばれた友人の間には「相手の正解」があります。頭で分かるのではありません。自ずと見えてくるのです。まるで相手の人格が自分の中で生きているかのようです。二人は、別の人格のままで、意見も違っています。でも、「相手の正解」が顕れます。私は私のままで、それでいて、私とは違う相手と調和します。

 

 「私の見識」は私個人の中にあり、「相手の見識」は私と相手が重なり合ったところにあります。

 

<出典> なし

 

※ このシリーズ終わり

 

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2023年7月12日水曜日

(2590) 正解には、六つある(4) ~ 下の生き方、中の生き方

 【 正解 ・ 下の生き方 ・ 中の生き方 】 なぜ、人は「彼らの正解」に振り回されるのか。「彼らの正解」、「私の正解」は、『下の生き方』。「その場の正解」と「正解ゾーン」は、『中の生き方』。トラブルが減るが、「私らしく生きる」という面では、不十分。


※ 前回からの続き

 

(1)    正解はない   「彼らの正解」

(2)    全てが正解だ   「私の正解」

(3)    最善と思われる正解はある   「その場の正解」

(4)    それが正解だとは言い切れない   「相手の正解」

(5)    平均値が正解ではない  …「正解ゾーン」

(6)    正解より大切にしたいものがある  … 「私の見識」

 

 なぜ、人は「彼らの正解」に振り回されるのでしょうか。それは、「私の正解」を採用して、トラブルに直面するという「痛い経験から学び」、「私の正解ではいけない」と思い込んでいるからだと思います。それは生活の術としては良いのですが、同時に「私の見識」まで捨ててしまうので、「彼らの正解」に振り回されない自分を失ってしまっています。そうかと言って、「私の正解」を振り回すと、トラブルが沸き起こります。「彼らの正解」、「私の正解」は、『下の生き方』だと思います。

 

 「その場の正解」と「正解ゾーン」は、『中の生き方』だと思います。これらが見えるようになると、トラブルは激減するでしょう。ただ、外の基準に従って生きているので、「私らしく生きる」という面では、不十分だと思います。

 

<出典> なし

 

※ 次回に続く

 

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2023年7月11日火曜日

(2589) 正解には、六つある(3) ~ 正解ゾーン、私の見識

 【 正解 ・ 正解ソーン ・ 私の見識 】 正解ゾーンに入っていれば、そう非難はされないが、関係性を重視する人から見れば、おかしいと言われるかもしれない。正解より大切にしたいもの、それは「私の見識」。それは「私の正解」とは違う。


※ 前回からの続き

 

 正解はあるのかと考えると、6つあるようです。

(1)    正解はない

(2)    全てが正解だ

(3)    最善と思われる正解はある

(4)    それが正解だとは言い切れない

(5)    平均値が正解ではない

(6)    正解より大切にしたいものがある

 

(5)     平均値が正解ではない

 「平均的な供花の相場は、15,00030,000円です。主流価格帯は15,00020,000円と言われているため、この相場を意識して選ぶと良いでしょう。」というアドバイスがあります。考えるのが嫌なら、真ん中にしようと20,000円を選べば、そう「浮いた」状態にはならないでしょう。主流価格は、正解ゾーンで、この範囲に入っていれば、そう非難はされないでしょう。それでも、関係性を重視する人から見れば、おかしいと言われるかもしれません

 

(6)     正解よりも大切にしたいものがある

 「正解を外してしまった」と落ち込むことはないでしょうか。私は、よく落ち込みます。何故、正解を外してしまったと思うのでしょうか。正解基準が複数あって、どれかで正解でも、他では正解でないことが多いからです。

 特に「彼らの正解」に振り回されることが多いのではないでしょうか。「彼らの正解」は、人によって言うことが違うし、同じ人でも、フラフラと変わります。さらに、それは「私の正解」とは違うので、「彼らの正解」を採用しようとすると「私の正解」を捨てざるを得なくなり、とても不快になります。

 それを避けるには、確固たる私をもち、振り回されないようにすることであり、別の表現では「見識をもつ」ということになります。

 

 名前をつけてみました。

(1)    正解はない   「彼らの正解」

(2)    全てが正解だ   「私の正解」

(3)    最善と思われる正解はある   「その場の正解」

(4)    それが正解だとは言い切れない   「相手の正解」

(5)    平均値が正解ではない  …「正解ゾーン」

(6)    正解より大切にしたいものがある  … 「私の見識」

 

<参考URL>  (写真も拝借)

お葬式に供える供花の手配やマナーと相場

https://www.hibiyakadan.com/lifestyle/z_0010/#:~:text=%E4%BB%8F%E5%BC%8F%E3%83%BB%E7%A5%9E%E5%BC%8F%E3%81%AE%E3%81%8A,%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%AE%E7%99%BD%E3%81%84%E8%8A%B1%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82&text=%E7%99%BD%E3%81%84%E8%8A%B1%E3%82%92%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6,%E3%82%92%E7%BD%AE%E3%81%8F%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 

<出典> なし

 

※ 次回に続く

 

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2023年7月10日月曜日

(2588) 正解には、六つある(2) ~ その場の正解、相手の正解

 【 正解 ・ その場の正解 ・ 相手の正解 】 状況を確認しながら、バランスを取って決めれば、それが最善と思われる「その場の正解」。相手の正解を見つけられれば、それが「相手の正解」。「その場の正解」と「相手の正解」は必ずしも一致しない。


※ 前回からの続き

 

 正解はあるのかと考えると、6つあるようです。

(1)    正解はない

(2)    全てが正解だ

(3)    最善と思われる正解はある

(4)    それが正解だとは言い切れない

(5)    平均値が正解ではない

(6)    正解よりも大切にしたいものがある

 

 お葬式に供える供花をきっかけに、考えをめぐらしています。

 

(3)     最善と思われる正解はある

 「お葬式に供える供花を手配する際は、花屋、または葬儀社に依頼することになります。葬儀社に依頼する場合は、まず葬儀会場に連絡して担当している葬儀社を確認し、その後、直接その葬儀社へ連絡します。」

 真っ先に手配するのではなく、少し遅れ気味に手配することになれば、ご親族をはじめ、他の方々の手配の様子がわかります。その情報と自分の立ち位置、付き合いの深さなど相手との関係性を加味して選べば、少なくとも場違いは避けられると思います。

 状況を確認しながら、バランスをとります。おそらくこれが、その場で受け入れやすい最善の正解だと思います。

 

(4)    それが正解だとは言い切れない

 上記は最善とおもわれるが、それを正解と言ってよいかは分かりません。「安すぎると失礼かと思うし、高すぎるとご遺族に気を遣わせてしまう恐れがあります」という最初に戻ってみます。

 もしかしたら、遺族は全ての供花が安っぽいと不満を感じるかもしれませんし、全ての供花が高すぎると、ひどく恐縮しているかもしれません。もしもそうなら、これを正解とは言えません。

 相手を無視して正解は決められません。

 

 名前をつけてみました。

(1)     正解はない  … 「彼らの正解」

(2)     全てが正解だ  … 「私の正解」

(3)  最善と思われる正解はある  … 「その場の正解」

(4)  それが正解だとは言い切れない  … 「相手の正解」

 

<参考URL>  (写真も拝借)

お葬式に供える供花の手配やマナーと相場

https://www.hibiyakadan.com/lifestyle/z_0010/#:~:text=%E4%BB%8F%E5%BC%8F%E3%83%BB%E7%A5%9E%E5%BC%8F%E3%81%AE%E3%81%8A,%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%AE%E7%99%BD%E3%81%84%E8%8A%B1%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82&text=%E7%99%BD%E3%81%84%E8%8A%B1%E3%82%92%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6,%E3%82%92%E7%BD%AE%E3%81%8F%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 

<出典> なし

 

※ 次回に続く

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2023年7月9日日曜日

(2587) 正解には、六つある(1) ~ 彼らの正解、私の正解

 【 正解 ・ 彼らの正解 ・ 私の正解】 「彼らの正解」を得ようとすると、正解はない。選択肢がある以上、どれを選んでも、他者から正解でないと思われるリスクがある。私がそう思うのが「私の正解」。私にとっては正解だが、世間で通用するかは疑問


 大切な人が亡くなり、故人にお花を供えようとしたとき、大体は迷ってしまいます。葬儀社に連絡すると、いくつかのパターンを示され、どれにしますか?と決断を迫られます。安すぎると失礼かと思うが、高すぎるとご遺族に気を遣わせてしまう恐れがあります。

 

 正解はあるのかと考えると、6つの正解があるようです。

(1)     正解はない

(2)     全てが正解だ

(3)     最善と思われる正解はある

(4)     それが正解だとは言い切れない

(5)     平均値が正解ではない

(6)     正解よりも大切にしたいものがある

 

(1)     正解はない

 例えば、15,000円、20,000円、25,000円の3コースあるとして、実際にはばらつきがあったとします。ここでは、価格帯のみで考えてみます。

 15,000円を供えると、多くの人から安すぎたと言われそうです。25,000円を供えると、多くの人から高すぎると言われそうです。では中をとって20,000円を供えると、ある人からは安すぎたと言われそうだし、ある人からは高すぎたと言われそうです。つまり、選択肢がある以上、どれを選んでも、他者から正解でないと思われるリスクがあります。

 

(2)     全てが正解だ

 ある人が15,000円を供えたいと思って15,000円を供え、ある人が25,000円を供えたいと思って25,000円を供えた。どちらも正解ではないでしょうか。つまり、正解は、15,000円、20,000円、25,000円のどこかに宿るのではなく、その人の思いに宿るという考え方です。

 正解ではありそうですか、これを正解と言い切ってよいのでしょうか。私にとっては正解ですが、それが世間に通用するかどうかは、わかりません。

 

 名前をつけてみました。

(1)     正解はない  … 「彼らの正解」

(2)     全てが正解だ  … 「私の正解」

 

 

<参考URL>  (写真も拝借)

お葬式に供える供花の手配やマナーと相場

https://www.hibiyakadan.com/lifestyle/z_0010/#:~:text=%E4%BB%8F%E5%BC%8F%E3%83%BB%E7%A5%9E%E5%BC%8F%E3%81%AE%E3%81%8A,%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%AE%E7%99%BD%E3%81%84%E8%8A%B1%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82&text=%E7%99%BD%E3%81%84%E8%8A%B1%E3%82%92%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6,%E3%82%92%E7%BD%AE%E3%81%8F%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 

<出典> なし

 

※ 次回に続く

 

【同時掲載】Facebook 「藤波進 なみさん」で検索