~ 『100分で名著』 4月17日(月) 22:25 – 22:50 Eテレ 放映 ~
三木は、「虚無」とは反対のものとして「秩序」を取り上げた。
(1) 『どのような外的秩序も心の秩序に合致しない限り真の秩序ではない』
新しい家政婦さんに書斎の掃除を任せると、きれいに整頓してくれるけれど、書斎の主である自分はさっぱり落ち着かない。一時間もすれば元の乱雑な状態に戻ってしまうだろう。
(2) 『秩序は生命あらしめる原理である。そこにはつねに温かさがなければならぬ。ひとは温かさによって生命の存在を感知する』
秩序という言葉からは、権威主義的で冷たいもの、上から押し付けられ、型にはめられて、人間が精気を失うようなメカニズムが連想される。しかし三木は、秩序には生命が感じられる温かさがなければならないと言う。
(3) 『また秩序は充実させるものでなければならぬ。単に切り捨てたり取り払ったりするだけで秩序ができるものではない』
温かさのある秩序は、排他的な態度や手段からは生まれない。切り捨てたり取り払ってみても秩序はできない。混沌の内にあるものを切り捨てるのではなく、配置や組み合わせを変え、そこに新たな意味づけをすることでこそ秩序は生まれ、充実させることができる(混合の弁証法)。
(4) 『虚無は明らかに秩序とは反対のものである』
虚無は、何もないというより、無秩序な混沌である。
(5) 『カオスからコスモスへの生成を説いた古代人の哲学には深い真理が含まれている。重要なのはその意味をどこまでも主体的に把握することである』
「古代人の哲学」とは、プラトンの「ティマイオス」だろう。カオス(混沌)は、三木のいう「虚無」に相当する。コスモスには秩序がある。「意味を主体的に把握する」とは、「離れたところからただ眺めているのではなく、自らの考え、生成の過程にコミットしていかなければいけない」ということである。
(6) 『もし独裁を望まないならば、虚無主義を克服して内から立直らなければならない』
すでに強固な価値観があるところに新たな価値観を植え付けることは難しいが、ないところ-虚無主義に何かを植え付けることは簡単である。
引用:
岸見一郎(2017/4)、三木清『人生論ノート』、100分de名著、NHKテキスト
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