【 開催反対 ・ 二重規範 】不思議な現象が起こっている。オリンピック開催に猛烈に反対していた人たちが、高校野球開催とパラリンピック開催にも反対している、という報道を見かけない。二重規範がまかり通っているのではないか
東京オリンピックは閉幕した。私は、開催してよかったと思っているが、そうでないと思っている人もいる。それは、さておく。
不思議な現象が起こっている。オリンピック開催に猛烈に反対していた人たちが、高校野球開催とパラリンピック開催にも反対している、という報道を見かけない。
東京オリンピック開催に反対していた朝日新聞社が主催する高校野球が始まった。「オリンピックと高校野球は違う」のだろうが、二重規範のようにうつる。なぜ、そのようなことが起きているのだろうか。ちなみに、私は、心情的には有観客開催にしてほしかったが、主催者が「無観客開催が良い」と判断するなら、それを支持する。東京オリンピックも、高校野球も、開催してよかったと私は思っている。高校野球において開催者が万全の対策で臨んでほしいという要望も、オリンピックと同じ。私の中では、二つは違わない。
パラリンピック開催には、私は慎重派。パラリンピック選手は障碍者であり、コロナになると生命の危険に直結する人も多くいる。オリンピックとは違う。有客のスポーツイベント開催は、東京オリンピック開催以前にずいぶんあり、その対策方法・結果を踏まえて、東京オリンピックは開催された。一方、障碍者のスポーツイベントはおそらく前例がなく、未体験ゾーンに入る。「だからダメ」とは言わないが、より慎重に検討すべきだろう。だから、「オリンピックに反対していた人が、より強くパラリンピックに反対する」なら、わかる。しかし、「オリンピックは反対したが、パラリンピックは容認する」というのは、解せない。
私は、以前から、「オリンピック開催に反対している人たちは、高校野球やパラリンピックの開催には反対しないだろう」とよんでいた。その理由は、「高校野球開催に反対すると若者イジメをしている、パラリンピック開催に反対すると障碍者イジメをしていると誤解されかねない。正義の味方を自ら任じている人たちが、そんなリスクを冒すわけがない」だった。理由が当たっているかどうかはわからないが、彼らが起こした(起こさなかった)行動は、予想が的中した。
開催の有無の議論で大切なポイントはコロナ問題、それと同時に、開催したときの好影響(例えば、オリンピックを観戦して元気をもらった)、開催しなかったときの悪影響(例えば、出場予定者の悲しみ・苦しみ)など副産物も含めて、総合的に判断すべきだろう。もしも、コロナ問題を棚上げにして、政府に打撃を与えたいという政治的な思惑や、朝日新聞は仲間だからという仲間意識や、イジメをしているという誤解を受けたくないという私的な防衛感情が中心になって行動しているとするなら、それは本末転倒だろう。
ちなみに「列島が日本人選手のメダルラッシュに沸いた東京五輪が閉幕し、自民党が焦りの色を濃くしている。自民は五輪成功を次期衆院選の追い風にするシナリオを描いていたいが、報道各社の世論調査で菅義偉内閣の支持率下落に歯止めがかからないからだ。」産経新聞(2020/08/12)
なんと、情けない発想か。このような自民党が非難されるのは、最もだ。まっとうな考えは、どこにもないのか。政治が絡むと、すべてが汚くなる。日本は大丈夫だろうか。こんな環境から、これからの日本を支えてくれる政治家が生まれてくるのだろうか。暗澹たる気持ちになった。
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