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2021年8月4日水曜日

(2415) 大苦戦した日本競泳チーム。個人の練習になりすぎた

 【 オリンピック ・ チーム力 】競泳は個人競技だから、個々に練習に取り組み、強化することは当然のことと受け止められるかもしれないが、競泳がアトランタ五輪に躍進し、大きな期待を寄せられる競技に変わった背景には、「チーム化」がある


 松原孝臣氏の解説記事『大苦戦した日本競泳チームには何が足りなかったのか メダル3、入賞9厳しい結果を招いた「ある事情」』が興味深い。

 

 400m個人メドレーの瀬戸大也、200m自由形の松元克央が予選で敗退し、200m平泳ぎの佐藤翔馬も準決勝で敗退と、メダルを期待された選手たちの思いもよらない成績が続いた。

 いちばんの要因は本来の力を出せなかったことではなかったか。日本新記録が少なかったどころか、自己ベストに及ばない選手、日本選手権のタイムより大きく落とす選手が多かったことを考えればそう言わざるを得ない。

 今回の日本には何が不足していたのか。平井ヘッドコーチは、コロナ下にあって代表として集まる機会が限られたこと、日本開催であったこともあり選手個々が所属先で強化する体制が中心であったことをあげる。ミーティングでも、「個人の練習になりすぎたという反省が出ました」。

 

 アトランタで、選手が個々に挑み、大舞台の重圧で力を出せなかったことから、チームとしてあたる方針を打ち出したのだ。指導者と選手や、選手間でのコミュニケーションを密にする仕組みを作り、皆で戦う姿勢を培っていった。大会時のみならず、強化の過程からこれに取り組んだ。

 やがて大会で、ふだんは異なる学校やクラブで練習している選手同士で、「水温、低いよ」と後に泳ぐ選手にアドバイスをおくったりする光景が見られるようになり、選手が音頭をとって選手だけでミーティングを開くことも珍しいことではなくなった。そこは経験豊かな選手が若い選手に経験を伝える貴重な機会ともなった。ロンドン五輪のとき「(北島)康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」と結束してメドレーリレーのメダルを勝ちとったエピソードは日本競泳陣が「チーム」である一例かもしれない。

 

<出典>

大苦戦した日本競泳チームには何が足りなかったのか メダル3、入賞9の“厳しい結果”を招いた「ある事情」



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