「賭博」と言うと、「私には関係ない」という人が多かろうが、とんでもない。人生は、広い意味での賭博の連続である。
明らかに分かる賭博を避けること、例えば、競馬をしない・パチンコをしない・賭け麻雀をしない等は、そういう習慣のない人にとっては、難しくない。普通のことである。
注意すべきは、賭博とは気づかぬまま・意識しないままに、「人生の賭博」に臨むこと。情報不十分なのに決断せねばならないことがある。確率的に大きなリスクがあるが、避けられない・避けることが好ましくないこともある。
例えば、結婚は人生最大の賭博であるが、リスクがあるからといって、「結婚しないのが良い」とは言えない。
10月1日 に参加した「第11回 哲学カフェはりま」に刺激され、「賭博」を取り上げる。そもそも「賭博」というテーマに魅せられたのではなく、「『賭博』という難しいテーマに、どう取り組むか」に関心があって参加した。というのは、10月13日には『死について』という難しいテーマで、私がファシリテートしなければならないからである。それはそれ。話を戻す。
参加してみて、「賭博」について考えておくことの重要性を感じた。
まとめてみると段々長くなってしまったので、4回に分けて掲載する。
なお、書くのはほとんど、私の意見であり、哲学カフェで交わされたものの紹介ではない。文責は、私にある。
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