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(K0675) 自宅死が少ないのは、本当に医療の問題なのか <高齢期の医療・家族の再形成・地域の再構築>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/03/k0675.html
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『夢十夜』
===== 引用はじめ
<内容>第一夜『こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が…』
死ぬ間際の女に「百年待っていてくれ」と自分は頼まれる。女の墓の横で待ち始めた自分は、赤い日が東から昇り、西へ沈むのを何度も見る。そのうちに女に騙されたのではないかと自分は疑い始める。その自分の前に、一輪の真白な百合が伸びてくる。いつの間にか百年が過ぎていた。
第二夜『こんな夢を見た。和尚の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると…』
「侍なのに無を悟れていない」と和尚に馬鹿にされた自分は、悟りを開いて和尚を斬るか、悟りを開けず切腹するかの二択を自らに課し、悟りを開くため無についてひたすら考える。
第三夜『こんな夢を見た。六つになる子供を負ってる。たしかに自分の子である。…』
田圃道を子供をおぶって歩いている。子供は目クラである。あぜ道を行くうち、子供は周囲の状況を次々と当て始め、恐ろしくなった自分は子供を放り出して逃げることを考える。道はいつしか山道へと入り、やがて一本の杉の木の前に辿りついた。子供が言う、「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね。」殺人を自覚したとたん、背中の子供が急に石地蔵のように重くなった。
第四夜『広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい床几が並べてある。…』
禅問答のような会話をしながら酒を飲んでいる爺さんが一人。河原の柳の下へ行き、取り出した手ぬぐいを蛇に変えると言う。やがて、爺さんは「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」と言いながら川の中に入っていく。
第五夜『こんな夢を見た。何でもよほど古い事で、神代に近い昔と思われるが…』
戦に敗れた自分は、敵軍の大将の前に引き出される。大将は鶏が鳴くまで処刑を待ってくれる。それを知ってか知らずか、自分の恋人は馬を駆って陣を目指す。
第六夜『運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから…』
運慶が仁王像を彫っている。その姿を見ていた自分は、隣の男が「運慶は、木の中に埋まっている仁王を掘り出しているだけだ」と言っているのを聞く。自分でも仁王像を彫ってみたくなり、家にある木を彫り始めるが、何度やっても仁王は出てこなかった。
第七夜『何でも大きな船に乗っている。この船が毎日毎夜すこしの絶間なく黒い煙を吐いて…』
とにかく舟に乗っているのだが、乗っている理由がまったく分からない。不安になり水夫に話を聞くが、要領を得ない。ホールでピアノを弾く女性を見ているうち、むなしくなった自分は甲板から海へと飛び込む。
第八夜『床屋の敷居を跨いだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。…』
床屋に入り、鏡の前に座っていると、鏡の中を様々な人物が通り過ぎてゆく。
第九夜『世の中が何となくざわつき始めた。今にも戦争が起りそうに見える。…』
母は幼い子を連れ、夫の無事を祈って百度参りに出かける。子供を拝殿に残し、お参りを続ける母。
第十夜『庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て…』
庄太郎は水菓子屋で会った女に崖に連れて行かれ「ここから飛び降りろ」と言われる。拒否した庄太郎に、何万という豚が襲いかかる。
===== 引用おわりWikipedia 『夢十夜』
第2回 11日放送/ 13日再放送
タイトル:『夢十夜』と不安な眼
【テキストの項目】
(1) 小説のルールから外れる『夢十夜』
(2) 漱石のゴシックな想像力(3) わからないものを、わからないまま受け入れる力
(4) 見えないものが見えてしまう世界 ―― 「第一夜」
(5) 不思議な「わかり方」 ―― 「第三夜」
(6) 自由な奇想を味わう ―― 「第八夜」
(7) 接続詞や副詞に注目する ―― 「第八夜」「第四夜」「第九夜」
(8) アンチ近代小説としての『夢十夜』
(9) 『夢十夜』へのさまざまなアプローチ
<出典>
阿部公彦(2019/3)、夏目漱石スペシャル、100分de名著、NHKテキスト(NHK出版)
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