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(K1271) (暴力をふるう)私を侮辱するなんてひどい(1) / 認知症の人の不可解な行動(41) <認知症>
http://kagayakiken.blogspot.com/2020/10/k1271141.html
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粋とされるものの微妙な肌感覚、あるいは家屋のほの暗さの感覚、現代の公衆衛生とは異なる匂いの感覚などを、どうすれば後年の人間は想像できるのか。谷崎は、まじめに考察し『陰翳礼讃』というエッセイにまとめた
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第4回 26日放送/ 28日再放送
タイトル: 『陰翳礼讃』- 光と影が織りなす美
【テキストの項目】
(1) 古典を味わうときに必要な想像力とは
(2) 日本家屋を外国人のように見ること
(3) モダニズム後の気づき
(4) いにしえの世界に繋がる素材と仕掛け
(5) 東洋人が万年筆をつくっていたら
(6) 失われつつあるものが秘める豊かさ
(7) 晩年の谷崎――超高齢化社会の問題を先取り?
(8) 老いてなお悟らない――貪欲な探求心
(9) 谷崎が気づかせてくれること
【展開】
(1) 古典を味わうときに必要な想像力とは
日本人の精神の安定には、薄暗さと清潔さ、そして静謐が関係してくるのだという谷崎の持論が展開されます。『陰翳礼讚』は、一種の住居論であり、空間論なのです。谷崎の著作のなかでもっともワールドワイドに普及し流通した作品だと思われますが、その理由として、本書は文学の領域のみならず、日本文化や建築を研究する人にとっても、ひじょうにユニークな「教科書」として機能したからです。磯崎新や安藤忠雄などの建築家は、海外の大学や学会でレクチャーをする際に、『陰翳礼讃』の英語版をしばしば参考資料にすると聞きます。日本文化論の入門篇として手頃で、啓蒙的で、微笑を誘うテキストたり得ているからでしょう。
(2) 日本家屋を外国人のように見ること
本書が書かれたのは、 … 洋館での暮らしも体験していますし、モダンボーイとして西洋文化の洗礼を存分に受けた後です。
日本家屋しか知らないわけではなく、あくまでも西欧的な文化との比較として、この日本独特のほの暗さについて客観的に考察しています。どこか、日本通の外国人が日本家屋の魅力にはまって、その魅力を語っているかのようなテキストにも見えるほどです。
プルーノ・タウトのような異端児が、日本にやってきて、数寄屋造りの簡素さを評価します。こうした流行と、『陰翳礼讃』は呼応していますので、機を見るに敏な谷崎が、このヨーロッパのコンテキストを意識したうえで日本家屋の美しさを日本の内側から発信したと考えると、本書の性格が理解しやすいのではないでしょうか。
(3) モダニズム後の気づき
逆説的ながら、揺り戻しが起きることこそが、近代化があまねく大衆までいきわたった証左でもあるのです。
失われたものへの哀惜の念は共感を持たれやすい傾向があります。モダニズムを経験した谷崎は、本書で、日本家屋の美しさ、日本伝来の文化の豊かさに、価値を再付与していった。しかしそれは、たんなる復古主義とはちがうのです。ここに、谷崎潤一郎という作家の戦略的な頭のよさがあらわれています。
(4) いにしえの世界に繋がる素材と仕掛け
谷崎は堅牢さと機能美を追求するのではなく、日本の風土に即したマテリアル(紙、土、藁、木)を建築に用いよという、素材主義者でもあったわけです。 … そうした古い生活様式に触れるときには、当然、そういう住空間を自明のものとして享受していた自分の祖父母や先祖たちの意識や感覚に接近します。身近な伝統家屋が、いにしえの世界に繋がる入口になるのです。
(5) 東洋人が万年筆をつくっていたら
「自分たちに都合のいい文明の利器、へのあこがれは、たとえば次のような小さなものにも表れます。もし中国人か日本人が「万年筆」をつくっていたら、という仮定に続けて、「必ず穂先をペンにしないで毛筆にしたであろう。そしてインキもああ云う青い色でなく、墨汁に近い液体にして、それが軸から毛の方へ滲み出るように工夫したであろう」と、のちに発明される「筆ペン」のアイデアを先取りしています。
以後は、後日書きます。
(6) 失われつつあるものが秘める豊かさ
(7) 晩年の谷崎――超高齢化社会の問題を先取り?
(8) 老いてなお悟らない――貪欲な探求心
(9) 谷崎が気づかせてくれること
<出典>
島田雅彦(2020/10)、谷崎潤一郎スペシャル、100分de名著、NHKテキスト(NHK出版)
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