~ 『100分で名著』 1月9日(月) 22:25 – 22:50 Eテレ 放映 ~
著者の前書きより
===== 引用 はじめ P.5 ~ P.7
中原中也は、その30年という短い生涯の中で、青春の切なさや人生の悲しみをうたった繊細な詩を350編以上も紡ぎ出した詩人です。
… 彼にとっては、詩をつくることイコール生きることだったのでしょう。 … 中也の場合…、彼の書いた詩と彼の生き方がぴったりと合わさっている。いささかもその合わさり方にブレがないのです。ですから、彼の書いていることはすべて信じられるという気持ちになります。いわゆるきれいごとの詩ではないのです。中也の詩は技術的にも優れていると言われますが、私はそれ以上に、心というものを真っすぐに感じる詩だとおもっています。
…
… 中也は今でこそ日本を代表する詩人として注目される存在ですが、最初から現在のように高く評価されていたわけではなかったそうです。大岡さんは、それは中也の詩が「わかりすぎる詩」だったからだろう - と話されていました。
…
… 今回、この番組とテキストを通して、中也が遺した瑞々しい詩の数々をみなさんと読み、詩とは何かを考え続けた中也の人生を、改めて受けとめてみたいと思います。
===== 引用 おわり
中也は県立山口中学に12番という好成績で入学。しかし、その後すぐに読書に熱中するようになり、成績はたちまち下降。… 中也の文学熱は治まりません。 … 友人らとの共著で合同歌集『末黒野(スグロノ)』を刊行した中也は、ついに山口中学の第三学年を落第。
===== 引用 はじめ P.25 – P.26
「少年時」
黝(あおぐろ)い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡(ねむ)っていた。
地平の果(はて)に蒸気が立って、
世の亡ぶ、兆(きざし)のようだった。
麦田(むぎた)には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だった。
翔(と)びゆく雲の落とす影のように、
田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――
夏の日の午過(ひるす)ぎ時刻
誰彼(だれかれ)の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走って行った……
私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦(あきら)めていた……
噫(ああ)、生きていた、私は生きていた!
===== 引用 おわり
タイトルが示す通り、中也の少年時代の気持ちがより色濃く反映されているように思える。
引用:
太田治子(2017/01)、『中原中也詩集』、100分de名著、NHKテキスト
写真:「山口中学3年時」、「山羊の歌」(生前に出版された唯一の詩集)
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