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2017年2月20日月曜日

(789) インクルーシブな地域創生 /地域連携の強化(1)


1.      インクルーシブな地域創生の必要性

 インクルーシブ(inclusive)という言葉は分かりにくい。「包摂的」「包括的」と日本語にしても、やはり分かりにくい。イクスクルーシブ( exclusive 「排除的」「排他的」)の反対語だと説明すると、少しは分かりやすくなるだろう。

 「インクルーシブ教育」という言葉がよく使われるようだが、「ソーシャル・インクルージョン」(社会的包摂)という言葉も使われている。

 これは「あらゆる人が孤立したり、排除されたりしないよう援護し、社会の構成員として包み、支え合う」という社会政策の理念を表す(*)。ここでは、この意味で使う。
(*)http://www.hurights.or.jp/japan/learn/terms/2011/10/new.html

 
 放っておくと、私たちの住んでいる地域は、どんどんイクスクルーシブになっていき、住みづらくなっていく。意識してインクルーシブにしていかねばならない。
 
 行政が変えてくれると思わないのがよい。私達自身でインクルーシブにしていかねばならない。行政には、私たちの行動を応援してもらえるよう働きかける。「公主民従」(公が主になって民が従う)のではなく、「民主公従」である。「公主」では解決できない課題だから。

 

2.      地域環境の変化

(1)   世帯の小規模化

大雑把に言うと、大家族(3世代所帯:祖父母・両親・個)が核家族(2世代所帯:両親・子)になり、更に2人所帯・1人所帯(独居)が増えてきている。

 2人所帯としては、「子が独立して残った老夫婦」「介護の必要な母又は父と、既婚だが一人になった子または未婚の子」「既婚だが一人になったまたは未婚の兄弟姉妹」「母子家庭または父子家庭」などがあるだろう

1人所帯(独居)としては「子が独立して残った老夫婦」だったが一人が亡くなったケースのように二人世帯から移行したもの、都会に出てきて未婚のまま一人住まいを続けている人、若くして離婚(子のないまま、あるいは、相手方が子を養育)あるいは死別した人も含まれる。

 いずれにせよ、2人所帯・1人所帯(独居)は、自立していくのに苦労する。健康無事な時には何とかなっていても、健康を害したり、怪我をしたり、事件にまきこまれた(例えば詐欺)場合に、単独では対応力・抵抗力が弱い。

 
(2)   第二段階目の連携弱体化

 大家族が核家族に変わる過程で、家族力と地域力が低下した。占領政策により「家」は解体され、祭りなど地域連携していた組織も弱体化し、団塊世代では、地域は核家族を要素とした、ネットワークの弱い集団に化していった。

 それでも、連携はあった(図参照)。夫が企業戦士として会社に取り込まれ(これはこれで、終身雇用・年功序列・家族主義の会社に守られていたが、これも怪しくなってきた)地域に繋がっていなくても、家で近所づきあいをしている妻と家庭内で繋がることにより、間接的に地域の一員となっていた。

 

 
 これを第一段目の連携弱体化とするなら、今対峙すべきはこれではなく、2人所帯・1人所帯(独居)増加に伴う、第二段階目の連携弱体化である。繋がる接点を失い、本当に孤立化してしまうのである。

 

3.      「連携の必要性の増大」と「連携の脆弱化」

 地域から孤立した2人所帯・1人所帯(独居)(勿論すべてではなく、孤立していない者も多くある)の存在は、地域を不安定にさせる。彼らだけの問題ではなく、地域全体の問題と考えるべきだろう。
 
 しかし、彼らに入って来るなとか、出て行けというのは、解決にならない。これは地域エゴである。日本全国のどこかに彼らは住まなければならない。地域エゴ丸出しの自治体が増えているのは残念である。話を戻す。彼らが我々の地域内にいるという前提で、地域を考えねばならない。
 
 2人所帯・1人所帯(独居)というのは、他人ごとではない。今は違っているが、何年後にはそうなる可能性もある。今はそうでない私達一人一人が無視してはいけない課題である。
 
 
 
 
 我々は、「連携の必要性の増大」と「連携の脆弱化」が同時進行していく時代に生きている。何か動いていかないと、悪化していく。

 そして、その解決の方向性は「インクルーシブな地域創生」だと私は考えている。

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