ルソーによれば、
(1)
自己愛は、すべての情念の源でありその根本である。
自己を保存する。自己愛は常によいものである。
(2)
自己愛が、悪い方向に変形していくと、「自尊心」になる
いつまでたっても満足することはできない。
(3)
自己愛が、良い方向に変形していくと、「他人への愛」になる
自分に対する愛があるからこそ、他人を愛することができる
自己愛と自尊心の違い
===== 引用 はじめ P.70
なごやかな、愛情にみちた情念は自分に対する自己愛から生まれ、
憎しみにみちた、いらだちやすい情念は自尊心から生まれる。
===== 引用 おわり
自己愛
===== 引用 はじめ P.69
人はみな自己を保存しなければならないのだから、そのために自分を配慮し自分を愛さなければならない。その意味で、自己愛とは常によいものである。
===== 引用 おわり
自尊心
===== 引用 はじめ P.70
自尊心は、自己愛と違って、自分が他者と比べてより優れた存在でありたいという欲望のことです。
そこには競争心が含まれますが、競争心には際限がありません。一度人よりも自分のほうが優れていると思えたとしても、より優れた人が出てくれば、さらのその人に打ち勝ちたいという気持ちが生じます。
また自尊心は、他者にたいして「自分をほかのだれよりも愛すること」を、さらに他者自身より自分の方を愛してくれることを要求しますが、これは不可能なことですから、いつまでたっても満足することはできません。
===== 引用 おわり
他人への愛
===== 引用 はじめ P.71 - 72
自分に対する愛があるからこそ、他人を愛することができる。
人間は赤ん坊のときから、快を求めて不快を避けようとします。心地よくなることを求めているわけですから、これは原初的な自己愛だと言えるでしょう。
すると、自分に快を与えてくれる人、自分に優しくしてくれる人に執着するようになるのは、当然のなりゆきです。だから親や、ルソーの時代なら乳母など、自分を世話してくれる人のことを好きになります。
そして、成長するにしたがって、そうやって世話をしてくれる人がどのような意図をもっているのかを理解するようになります。
「わたしたちに害をくわえたり、わたしたちの役にたったりしようとする明らかな意図」を知るようになると、素朴な好悪から大人のもつ愛情へと近づき始めます。
===== 引用 おわり
私見によれば、「自己愛」「自尊心」「他人への愛」にもう一つ、「近しい人からの愛」を加えると、更にわかりやすい。
ルソーは、「自己愛」が「他人への愛」に変形する過程に「近しい人からの愛」を介在させており、説得力があるが、
「近しい人からの愛」無しでも、「他人への愛」に到達する人もいそうな気がする。
出典:
西研(2016/6)、ルソー『エミール』、NHKテキスト
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