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2016年6月4日土曜日

(529) 自然は教育の原点である / ルソー『エミール』(1)(6月6日(月) 22:25- Eテレ放送)


『エミール』の正式書名は、『エミール、または教育について』である。

 先ず、基本的なところをおさえる。

===== 引用はじめ

『エミール』は、『社会契約論』と同じ1762年に出版されました。
 
 『社会契約論』が自由な社会の「制度論」を展開したのに対し、
 
 『エミール』は自由な社会を担いうる人間を育てるための「教育論・人間論」を展開しています。

 この二冊はいわば車の両輪であり、二つで一体の書物だといえるところがあります。

===== 引用おわり

ルソーの考えた「自由な社会」とは、平和共存するために必要なことを、自分たちで話し合ってルール(法律)として取り決める「自治の社会」であった。これは、フランス革命を思想的に準備したものと言われている。
 

 『エミール』は、著者ルソー自身である語り手が家庭教師となって、エミールという架空の男の子をいかに育てあげていくかを空想し、それを小説のような形式で語った作品である。
 
===== 引用はじめ

第1編… エミールが0歳からほぼ1歳頃までの、乳幼児期
第2編… 口がきけるようになる1歳頃から12歳頃までの、児童期・少年前期
第3編… 12歳頃から15歳までの、少年後期
第4編… 15歳から20歳までの、思春期・青年期
第5編… 20歳以降の、青春期最後の時期

===== 引用おわり

4回シリーズとの対応は、

第1回(66日)… 第1編
第2回(613日)… 第2編、第3編
第3回(620日)… 第4編
第4回(627日)… 第5編

 

「自然」という言葉に誤解が多いようである。

 「自然へ帰れ」は、ルソーの思想を要約した言葉とされているが、ルソーの著作にこの文言はない。

 「自然状態」から出直すべきだと言っている。「自然状態」には社会も所有もなく、人間は自己充足的に生きているが、やがて所有の観念とともに支配と隷属、暴力と略奪の「社会状態」が生まれて人間は不幸になった。

 教育の根幹を「三種類の先生」による「三つの教育」 - 「自然の教育」「人間の教育」「事物の教育」によって説明している。
 「自然の教育」というときの「自然」とは、人間の内なる自然のことを指す。子どもが手足を自由に動かせるようになったりだんだん言葉を覚えたりするのは、人間の内なる自然によるもので、いわば自然そのものが教えてくれるということである。

 
 ルソーは「制度論」でも「教育論・人間論」でも「自然」という言葉を使っているか意味合いが違い、かつ双方とも山河で代表される自然を意味するものではない。

 
出典:
西研(2016/6)、ルソー『エミール』、NHKテキスト

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