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(K0390) 遺品整理 思い大切に <親しい人の死>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2018/05/k0390.html
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【第4回の目次】
(1) 人間、言葉、自然
(2) 神谷恵美子と「変革体験」(3) 使命感が人を動かす
(4) 血が通ったものを書き遺したい
(5) 支えとしての「変革体験」
(6) 宗教を超えて
(7) 二人の師
(8) 精神化された宗教・内面的な宗教
(9) いかに生きるかではなく、いかに生かされているか
(10)「私」の問題から「私たち」の問題へ
【展開】今回は、(1)~(5)
(1)
人間、言葉、自然
===== 引用はじめ
… 「生きがい」を見出すには、人間、言葉、自然と向き合う眼を開かなくてはならないようです。先の一節にあった三つの眼を列挙すると、一つ目は師、つまり信頼する人物に向き合う眼。二つ目の経典とは信頼に足る言葉を見出す眼。そして三つ目は、自然のような語らざる何かと向き合う眼ということになる。
しかし、これらを別々に見る眼が必要だと神谷は考えているのではありません。人間、言葉、自然の現象を見る眼ではなく、その意味を感じる、意味の眼のようなものを開かねばならないというのでしょう。
===== 引用おわり
===== 引用はじめ
人間、言葉、自然を通じ、大いなるものの声を聞き、「生きがい」と出会う。そのとき私たちに語りかけてくる最初の声は、今のままでよい、という現状肯定の語りかけだと神谷はいう。
現状肯定というと、どこか難しく聞こえるかもしれませんが、過ち多き存在のままで、大いなるものに受け容れられる、ということです。
===== 引用おわり
(2) 神谷恵美子と「変革体験」
===== 引用はじめ
神谷美恵子の「生きがい」の哲学を理解するうえで重要な鍵語のひとつに「変革体験」があります。ここで神谷がいう「変革体験」とは、「生きがい」に向かって人生を生きなおす契機になるような経験を指しています。…… 神谷がここで語っていることは、「生きがい」に「目覚める」経験だともいえる。
眠りから「目覚める」とそこに朝がある。私たちが朝を作ったのではありません。朝を「待った」のです。そして「目覚め」、朝を発見する。「生きがい」は、朝のようなものです。
===== 引用おわり
===== 引用はじめ
変革体験はただ歓喜と肯定意識への陶酔を意味しているのではなく、多かれ少なかれ使命感を伴っている。つまり生かされていることへの責任感である。小さな自己、みにくい自己にすぎなくとも、その自己の生が何か大きなものに、天に、神に、宇宙に、人生に必要とされているのだ、それに対して忠実に生きぬく責任があるのだという責任感である。
===== 引用おわり
(3) 使命感が人を動かす
===== 引用はじめ
変革体験を経て人は、使命感を見出すと神谷はいいました。近藤(*1)は、自身のために聖書を読むということだけでなく、近藤のいう本当の「仲間」のために舌読(*2)をする。このとき彼は、自分でできると感じていた以上のちからを自分のなかに見出すのです。人は自分だけのために生きるよりも、誰かとのつながりに生きるとき、よりその人の中にあるものが開花する。近藤の生涯は、そのことをじつに見事に証明してくれています。…
… 言葉を誰かに伝えていかなければいけない、それを必要としている仲間がいる、そこに彼と同時に彼の仲間を生かす「生きがい」が生まれてくるのです。
===== 引用おわり
(*1) 近藤: 近藤宏一。11歳で長島愛生園に入園。ハンセン病が悪化し、失明と四肢障害を負う。ハーモニカバンド「青い鳥」(写真を添付)を結成。近藤の存在は、『生きがいについて』の誕生において、とても大きな影響を与えた。
(*2) 舌読: 舌で点字を読む
(4) 血が通ったものを書き遺したい
<略>
(5) 支えとしての「変革体験」
ホワイトヘッド(*)は、変革体験のことを「平和の体験」と呼んだ。
(*) イギリスの数学者・哲学者===== 引用はじめ
平和の体験によってひとは自己にかかずらうことをやめ、所有欲に悩まされることがなくなる。価値の転換がおこり、もろもろの限界を超えた無限のものが把握される。注意の野がひろくなり、興味の範囲が拡大される。その結果の一つとして、人類そのものへの愛がうまれる。(ホワイトヘッド著、神谷美恵子訳、『思想の冒険』)
===== 引用おわり
変革体験は、単なる一時的な目覚めではなく、見えないところで、どんな時も自分を支えてくれる「人生の意味」の発見であるという。
<出典>
若松英輔(2018/5)、神谷美恵子『生きがいについて』、100分de名著、NHKテキスト(NHK出版)添付図は、この本からの転載
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