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=====(K0071) 二次受傷(ストレス・PTSD) / 「生きづらさの中を生きる」(4-4) <心の健康>
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Facebook友達、橋本 展行さんからの引用
===== 引用 はじめ
道を歩いていて
たまたま聞こえてきた会話です
一方の方が、ふいに意を決したという感じで
とても快活に“決意”ある声で
こう言いました
「僕はどっちでも大丈夫です❗あなたにお任せします❗❗o(^-^)o」
なるほどなあ
そうきますか
===== おわり
いいな! と思った瞬間、私は置き換えていた。
「僕はどっちでも大丈夫です❗あなたにお任せします❗❗o(^-^)o」
↓
「僕はどっちでも大丈夫です❗僕は僕にお任せします❗❗o(^-^)o」
これも、いいんじゃない?
大きな選択を迫られたとき、私は、心の中でこう言ってきたと思う。
とても迷う選択においては、だいたい、
どちらを選ぶか、に正解はない。
正解は、選んだ後、
選んだ道を信じて、前に進むことだ。
迷うということは、どちらを選んでも、
良いことと悪いことの両方あるはずだ。
良いことを活かし、
悪いことは、捨てるか、別の方法で補いあるいは緩和する。
どちらを選んでも、悪いことが必ず起こる。
最悪は「あっちを選んでおいたら」と後悔し、止まってしまうことだ。
自分自身への信頼。それは、根拠のない信頼のようにも見える。
根拠ない信頼ほど強いものはない。
根拠ある信頼は、その根拠がつぶれれば、その信頼もつぶれる。
根拠のない信頼は、そもそも根拠がないので、つぶしようがない実は、根拠はある。
選択し、選んだ道に邁進し、努力し、なんとかしていく。
それが、自己信頼の基礎になる。根拠は過去に起こった事実だから、あとから壊すことはできない。
逆に、選択した後、後悔して迷うと、良い結果は出せない。
だから、どんどん自己信頼が失われていく。
私は、過去に、何度も大きな選択してきた。
客観的に外から見ると、大きな失敗をたくさんしてきたように見えるだろう。
でも、私自身は、選択後、精一杯頑張ったという思いがあり、
後悔はない。
することは、前に向かって、歩き続けることだけだ。
後悔している暇はない。
「僕はどっちでも大丈夫です❗あなたにお任せします❗❗o(^-^)o」
↓
「僕はどっちでも大丈夫です❗僕は僕にお任せします❗❗o(^-^)o」
どっちも、いい!
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