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2020年2月26日水曜日

(1891)  存在のエネルギー

 
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(K1032)  速足より階段の上り下り <体の健康>
http://kagayakiken.blogspot.com/2020/02/k1032.html
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「私はここにいてよい」「私は私のままであってもよい」がないと人は「存在の危機」を感じ、「存在のエネルギー」が注ぎ込まれる。「存在の危機」がないと、「存在のエネルギー」は「成長のエネルギー」に転化する
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 心安らかでおられる条件:
(1) 私はここにいてよい
(2) 私は私のままであってもよい
と感じていること
 
 これがないと辛い。ここにいると落ち着かない。ここにいてもよいと認められるために、何かしなければならないとプレッシャーを感じる。私は自分と違う何かを演じなければならないと思う。でも、うまくいかない。「存在の危機」という言葉を思いついた。
 
 同時に、「存在のエネルギー」というものを考えてみた。人は膨大な「存在のエネルギー」を持っていて、「存在の危機」に瀕すると、そこにエネルギーが注ぎ込まれる。
 
 その「存在の危機」が無くなるとどうなるか、「存在のエネルギー」はどこにいくか。「成長のエネルギー」に変わると私は思う。自己の存在を高みに押し上げようとする。
 
 人は、自分を成長させようとする性向をもともともっている。余裕がないと隠れてしまうが、余裕があると働き始める。
 
 (1886)で書いた「無条件の愛」を受けていると、存在は危機に直面しない。だから、そのような環境で育った子は、エネルギーを自分の成長に振り向ける。

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