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2018年1月22日月曜日

(1126)  (2)福沢諭吉『学問のすゝめ』 / 「明治の50冊」


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 明治を代表する啓蒙(けいもう)思想家である福澤諭吉の最も有名な著作『学問のすゝめ』。初編刊行は明治5(1872)年で、大政奉還からわずか4年あまり。封建制度の名残がいまだ濃厚な社会にあって敢然と人間の権利の平等を説き、自立した近代的個人としての覚醒を促した歴史的啓蒙書だ。

 〈天は人の上に人を造(つく)らず人の下に人を造らずと言えり〉。天賦人権を説いたこの書き出しはあまりにも有名だが、これに続く部分はそこまで認知されているわけではない。〈されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人(げにん)もありて、その有様(ありさま)雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。(中略)されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由(よ)って出来(いでく)るものなり〉

 全17編を通じ個人の自由、諸国家の平等、法治主義といった近代社会の原則から人間交際の心構えまで、具体例を交えて平易な言葉で論じられる。

 慶応義塾福澤研究センター元所長の岩谷十郎・慶応大教授は、『学問のすゝめ』について「まず何よりも、個人の解放を説いたのが重要。封建時代の上下関係という鎖から人間を解き放ち、自由な存在となった一人一人が公を作り、国を独立させていくということを終始一貫して丁寧に書いている」と位置づける。


【プロフィル】福澤諭吉(ふくざわ・ゆきち)

天保5年12月(1835年1月)、豊前(大分県)中津藩士の家に生まれる。大坂の適塾で学び、安政5(58)年、江戸で蘭学塾を開く(後の慶応義塾)。英語を独習し、万延元(60)年、咸臨丸で渡米。元治元(64)年に幕臣となり、外国奉行翻訳方を務める。維新後は新政府への出仕を拒み、在野で教育や言論活動に注力。『学問のすゝめ』『文明論之概略』など多数の啓蒙書を著した。明治34(1901)年、死去
 

引用
「時代と格闘」、産経新聞(2018/01/18

(2)福澤諭吉『学問のすゝめ』 時代と格闘 文明開化宣言
http://www.sankei.com/life/news/180115/lif1801150024-n1.html

(添付図はこのサイトから転載)

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