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2019年8月1日木曜日

(1682)  ロジェ・カイヨワ『戦争論』(1-1) / 100分de名著

 
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第1回  5日放送/ 7日再放送

  タイトル: 近代的戦争の誕生
 


【テキストの項目】

(1)   戦争の女神ベローナ
(2)   著者カイヨワについて ―― バタイユとの関係
(3)   戦争は「破壊のための組織的企て」である

(4)   戦争の形態は社会の形態により変化する
(5)  「歩兵が民主主義をつくった」 ―― 「国民戦争」の時代
(6)   クラウゼヴィッツの『戦争論』 ―― 戦争の「純粋な形態」
 

【展開】

(1)  戦争の女神ベローナ

 今回とりあげる本の原題は、『ペローナ、あるいは戦争への傾き』といいます。
 ローマ神話で戦争の神といえば、日本でも「軍神」として知られるマルスが有名です。ベローナは、マルスの妻とも妹ともされる、もう一人の戦神です。マルスが勇猛さとか、武勲など、戦争の表の面を体現しているとするなら、ベローナはその裏で地や肉が飛び散り、殺し合う戦いの凄惨さを担っています。つまり、生身の戦いのリアルで残酷な側面、憎悪や汚辱といった本能的な姿を喚起する神なのです。
 

(2)   著者カイヨワについて ―― バタイユとの関係

 ロジェ・カイヨワは1913年、最初の「世界大戦」になった第一次世界大戦が起こる直前に、フランス北部の町ランスで生まれています。
 再び戦争の危機が近づいてきた1937年、カイヨワはバタイユや詩人・民俗学者のミシェル・レリスらと共に「社会学研究会」を創設します。そこでバタイユが中心になって唱導していたのは、合理主義的かつ生産主義的な近代文明が、ものをつくり蓄積し、社会を発展させているつもりで、結局は戦争という暴力的な消費の中に闇雲に崩れ落ちていく、その愚かしさを人間は自覚し、社会を再定礎しようという主張でした。
 

(3)   戦争は「破壊のための組織的企て」である

 カイヨワは、戦争は人間集団間の「破壊のための組織的企て」であると定義します。いわゆる政治的行為や単なる武器による闘争ではなく、敵の集団を破壊するための、集団による組織的な暴力が、戦争行為であるというのです。 … これはサルをふくめた動物にはできないことです。
 また、戦争の発展と文明の発展とは、切っても切れない関係にあるのだというのです。ただし、戦争が文明をつくり出すのではなく、平和のうちに開花する文明を戦争は使い尽くす、ということでしょうか。
 

 以下は、後に書きます。

(4)   戦争の形態は社会の形態により変化する
(5)  「歩兵が民主主義をつくった」 ―― 「国民戦争」の時代
(6)   クラウゼヴィッツの『戦争論』 ―― 戦争の「純粋な形態」
 

<出典>
西谷修(2019/8)、ロジェ・カイヨワ『戦争論』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)

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