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2019年7月6日土曜日

(1654)  小松左京『小松左京スペシャル』(2-2) / 100分de名著

 
◆ 最新投稿情報
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(K0795)  認知症との付き合い方 <脳の健康>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/07/k0795.html
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第2回  8日放送/ 10日再放送

  タイトル: 滅びとアイデンティティ--『日本沈没』
 
放映は、   月曜日 午後 10:25~10:50
再放送は、  水曜日 午前 05:30~05:55
 及び        午後 00:00~00:25
 
 
【テキストの項目】


(1)  空前の大ベストセラー
(2)  圧倒的なリアリティ
(3)  SF界の「ブルドーザー」と呼ばれて
(4)  大阪万博と未来学
(5)  希望の未来、絶望の未来
(6)  なぜ、日本を海に沈めたか
 


【展開】

(1)  空前の大ベストセラー

 書き下ろしの長編『日本沈没』は、1973年に刊行され、上下巻合わせて累計460万部に達する空前の大ベストセラーになりました。同年、映画にもなり、翌年には連続ドラマ化されました。日本中が俄かの「沈没ブーム」に沸き立ち、天地異変の不安に慄きました。世界11か国語に翻訳されました。
 ストーリーとしてはとてもシンプルですが、その単純なプロットにリアリティを吹き込むための工夫は並大抵のものではありません。幅広い領域の、当時としては最新の知見が随所に盛り込まれ、作者の博捜ぶりに舌を巻きます。
 しかも、それらを退屈で冗長な「科学解説」に終わらせていない。しっかりとSF的発想の醍醐味が加えてあります。
 

(2)  圧倒的なリアリティ

 日本列島が沈むという、ある意味では荒唐無稽な話を、小松はリアリティを保って描き出すことができました。(以下は、「(5)希望の未来、絶望の未来」より)
 例えば、読者に世界の破滅を真に迫って感じさせる装置が必要です。『日本沈没』では日本全土が海に没するという事態を、いかにもっともらしく、科学的に説明するのが、小松の課題になりました。小松は地質学等の先端的成果を渉猟しました。
 先日、京都大学の地球変動学(テクトニクス)の研究者に『日本沈没』の現時点での評価を尋ねたところ、基礎的な理論の部分はまったく古びていないということでした。但し、『日本沈没』の作中では、事象の進行速度が現実より何桁も速くなっているため、実際には日本列島が海に沈むことはないそうです。
 

(3)  SF界の「ブルドーザー」と呼ばれて

 『地には平和を』でSF作家の道を歩み始めてから、ベストセラー『日本沈没』を世に問うまでの12年の間、小松は旺盛な執筆活動を展開していきます。
 「SF界の(コンピューター付き)ブルドーザー」という異名を取った小松、政界で「コンピューター付きブルドーザー」といえば、今も田中角栄のことを指しますが、広大な領野の開拓者はそう喩えられるような、知力と実行力を兼ね備えたものなのでしょう。
 田中の主著『日本列島改造論』は、『日本沈没』が出版される前年、1972年に上木され、わずか1年で91万部の売り上げを記録しました。
 

(4)  大阪万博と未来学

 多作家の小松でしたが、活字の世界のみに安住せずに放送メディアにも進出します。
 大阪・千里で開催された「日本万国博覧会“EXPO'70”(大阪万博)のサブ・テーマ委員、テーマ館サブ・プロデューサーに就きます。大阪万博との機縁は、放送メディアが取り持ったものでした。
 放送メディアとの機縁で、梅棹忠雄の自宅で開かれる知識人サロンに招かれます。そのサロンから発展して、1968年に「日本未来学会」が設立されます。
 万博と未来学。この二つのプロジェクトに関わって、小松が得たものは、①アカデミアにおける人脈形成、②実務家・実践家たちの生態を身をもって知ることができたことです。
 「官僚組織や国家機構を内部から見た経験は、結果的には『日本沈没』執筆の際にも生かされている。(『SF魂』)
 

(5)  希望の未来、絶望の未来

 <破局>を設定することによって、はじめて人間が、人類が、そのモラルが、社会機構や文明や歴史が、いわばこの世界が“総体”として問題にされるのです。世界がその全貌をわれわれの前に現すのは、それが総体として否定される時であり、<破局(カタストロフィー)>の仮定は、単純でしかも力強い否定の様式の一つに違いありません。(『拝啓イワン・エフレーモフ様』)
 

(6)  なぜ、日本を海に沈めたか

 日本人は高度経済成長に酔い、浮かれていると思った。あの戦争で国土を失い、みんな死ぬ覚悟をしたはずなのに、その悲壮な気持ちを忘れて、何が世界に肩を並べる日本か、という気持ちが私の中に渦巻いていた。のんきに浮かれる日本人を、虚構の中とはいえ国を失う危機に直面させてみようと思って書きはじめたのだった。日本人とは何か、日本とは何かを考え直してみたいとも強く思っていた。(『自伝』)
 


<出典>
宮崎哲也(2019/7)、小松左京『小松左京スペシャル』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)

 

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