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2019年4月3日水曜日

(1561)  新元号「令和」(1) / 執念の元号

 
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(K0702)  認知症で講座凍結 / 家族信託を考える <頭の健康><高齢期の家族経済>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/04/k0702.html
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 新元号「令和」。あちこちで語り尽くされているが、私も書いてみたい。
 「執念の元号」だと感じた。
 
(1)  漢籍離れ
(2)  正解を与えたくない。新しい要素を入れたい
(3)  文句を言われたくない
 


【展開】

(1)  漢籍離れ
 中国は「日本の元号は、これまでずっと漢籍を使っていた」と言ってきた。言葉は悪いが、「くそっ!」と思っていた日本人も多いのではないだろうか。だから、「原案は国文学、漢文学、日本史学、東洋史学の専門家が考案した候補名から絞り込む」というプロセスからは、漢籍離れする可能性は伺えた。
 
 決定後の、近隣国の報道が興味深い。
===== 引用はじめ
 中国外務省の耿爽・副報道局長は1日の記者会見で新元号に関して「日本の内政の事柄であり、論評しない」と述べるにとどめた。
 韓国の聯合ニュースなども「日本が年号(元号)制を導入して以降、中国古典ではなく日本古典から引用したのは初めて」と一斉に報道。朝鮮日報(電子版)は「安倍政権の支持基盤の保守派を意識した」と解説した。KBS放送は「元号変更はデータの不安定性や費用発生などの問題も伴う」
===== 引用おわり
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019040100920&g=int
 
 少し、神経質になっているようだ。朝鮮日本やKBS放送は、日本の一部の野党と発想が似ている(次回にコメント)。
 
 また、中国はその後
===== 引用はじめ
 新しい元号を巡って中国メディアが当初の報道内容を修正し、「中国の影響を消し去れない」と伝えました。 中国共産党系の「環球時報」は当初、新しい元号「令和」がこれまでの元号と異なり、中国の古典ではなく万葉集に由来することに触れ、「初めての脱中国だ」と速報しました。
===== 引用おわり
https://www.youtube.com/watch?v=Hsxz9bjsgkM
 
 中国も神経質にっている。わざわざ言わなくても、影響を受けているのは当然のことだ。それを嫌がるなら漢字を捨てるしかない(因みに朝鮮は捨てた~ハングル文字)。元々、漢字は中国から伝わってきたものだから、影響を当然受けている。日本人は、とりたてて「中国の影響を消し去ろう」とは思っていなだろう。自意識過剰で「独り相撲」をとっている記事のように感じる。
 

 ポイントは、そこではない。これまで引用された原文に日本人は関与していない。今回は、中国から学んだことを日本人が消化して、日本人が作ったものだ(作成に当たっては、中国人に指導してもらったであろうが、知らないことを教えてもらっても、日本人は卑屈にならない)。
 
 もう一つのポイントは、彼らがここまで神経質になるのは、彼らにとってインパクトが大きいからだろう。
 


(2)  正解を与えたくない。新しい要素を入れたい
 今回は崩御に伴うものでなく、「新元号当てゲーム」が過熱した。正解を与えたくないという気持ちがあったのではないか。そして、成功した。「新元号当てゲームのヒント」なるものがあって、過去に使われた漢字の回数が紹介されていた。多くの人は、多く使われた漢字を組み合わせて予想した。
 それに対して、過去に一度も使われたことのない「令」の字を用い、結果として、事前に当てた人はいなかったのではないか。
 
 先に述べたが、朝鮮日報(電子版)は「安倍政権の支持基盤の保守派を意識した」と解説した。そうだと思うが、記事の背景が興味深い。
 「大化」以来、同じ漢字が何度も使われていたのに、その歴史にない文字を使った。ある意味で、従来の慣例にとらわれず、すごく「革新的」なことをしている。
 「安倍」=「保守」=「悪」発想から来ていると思う。何を言っているかではなく、誰が言ったかで、評価を決めつける。このあたりも、一部の野党と同じパターンのように思われる。

 一方、テレビ報道を見ている限り、評判は良いようだ。いままでにない漢字を使ったことが、今までにない時代に突入するという(おそらく無意識の)高揚を生んでいるのではないか。日本の万葉集から採ったというのも、好印象の一つの要因ではないだろうか。
 
 
(3)  文句を言われたくない
 憲法違反にならないよう、相当、気を配っていた。



 古事記を嫌う人たちがいることを考えると、万葉集は無難だったと思う。波を荒立てないようにしている。万葉集は歌の本で、政治性はほとんどない。庶民も参加している。解説を聞いても、普遍性があり、反対する人が少ないと思う。
 

 気を配って来たものの、それでも異をとなえる人がいる。次回に検討する。

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