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日本文化はつねに中国文化の影響を受けていた。儒教の受容は一般的には仏教以前であったといわれている。しかし思想の受容自体において日本独自の展開をする。
中世五山の禅宗において、朱子学が移入され仏教と儒教の関係が生まれる。その後、近世において儒教は禅宗と分離する。
同時に、儒教は神道・武士道などと関連して発達する。神道と結びついた儒教が儒家神道である。武士道を儒教により再編したものが士道である。儒教は仏教より先に伝来した。
【構成】 第10章 日本文化と儒教
1 日本文化と儒教の受容 - 王仁
2 日本儒教の特徴
3 儒教と仏教 - 五山の禅宗
4 儒教と神道 - 儒家神道
5 儒教と武士道 - 山鹿素行の士道
【各論】
1 日本文化と儒教の受容 - 王仁(ワニ)
日本文化は、今日のかたちとなるにあたって、外部からたえず文物を移入し、その刺激を賦活剤として形成されてきた。『日本書紀』には応神天皇16年、百済の王仁が来貢したとある。日本における儒教の伝来は、仏教よりも早い。
2 日本儒教の特徴
日本儒教の主要な特徴は、日本社会には、
①
宗族という家庭制度がなかった
②
科挙の制度(官吏採用試験)がなかった日本と中国との基本的な相違点から、日本独特の儒教が展開することになる。
3 儒教と仏教 - 五山の禅宗
中世に本において文化の中心となったのは五山である。五山の禅僧は積極的に宋学に関心をもち、「儒仏道の三教一致」あるいは「禅儒一致」・「儒仏不二」という理解で、儒教が受容された。◆ 藤原惺窩
◆ 林羅山
◆ 山崎闇斎
4 儒教と神道 - 儒家神道
初期の日本朱子学はつねに神道と習合思想を形成していた。これを儒家神道という。代表的なものは林羅山「理当心地神道」、山崎闇斎「垂加神道」である。神道と儒教に共通する考え方は、「神」を「理」と解釈していたことである。
【Ⅰ】 存在論-「天人唯一」(神人一体) 神と人との関係
人は神によって存在する。「神」の来臨・加護により、人が人として存在する。神とは「国常立尊」「天御中主尊」であり、生命力・生生力・宇宙のエネルギーである。
【Ⅱ】 人間論-「神明の舎(ヤドリドコロ)」 人間とは何であり、どうあるべきなのか
人の「心」には神が宿る。「聖人」になるのではなく、「神」を心に受け入れる
【Ⅲ】 実践論-「祈祷と正直」「敬(ツツシム)」 どのようにして心は神を受け入れるのか
神が来臨すべく場の条件を整えなくてはならない。条件とは、「祈祷」し「正直」であること。「神へ参た時の心持」は、「しまる」。「しまる」は「つつしむ」である。
5 儒教と武士道 - 山鹿素行の士道
戦闘がなくなった太平無事の江戸時代には、武士の生き方に二つの方向が生まれた。
①
武士道:「死のいさぎよさ、死の覚悟」が根本。「主君に使える戦闘員としての心組」を重んずる伝統。葉隠② 士道:「人倫の道の自覚」が根本。「支配者的為政者的徳性」を重んずる伝統。山鹿素行。
山鹿素行は、武士は「人倫の指導者」であり、その職分は、四民(士農工商)において「人倫」「人の道」を明らかに示し、正すところにあるとした。儒教の「仁」「礼」などの言葉を用い、素行には一貫した思想の体系があった。
「宗教がない。それでは、どのようにして道徳教育を授けるのですか」というベルギーの法学者の質問に対し、新渡戸稲造は、日本人の精神的な支柱になっている武士道(明治武士道)を示した。著書『武士道』で、日本文化に高度で普遍的な精神性があることを証明した。
引用
高島元洋、「第10章 日本文化と儒教」竹村牧男・高島元洋編、仏教と儒教~日本人の心を形成してきたもの~、放送大学教材(2013)
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