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(K0907) 病院での最期だから、苦しむのです / 平穏死(A-4)<臨死期>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/10/k0907-4.html
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『善の研究』からではなく、随筆、短歌、最終論文「場所的論理と宗教的世界観」などからでも西田哲学の中核にふれることができる。すべての学問は「人情」のためである、という実感が、西田のなかで深められていった
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第4回 28日放送/ 30日再放送
タイトル: 「生」と「死」を超えて
【テキストの項目】
(1) 西田幾多郎に出会う三つの窓
(2) 随筆――恩師との交わり
(3) 西田の生きる態度
(4) 悲哀を感じ直す
(5) 短歌――詩と哲学のつながり
(6) 言葉にならないおもい
(7) 最終論文――真の「自己」に出会う
(8) 死を経ても「生きる」存在
【展開】
(1) 西田幾多郎に出会う三つの窓
西田幾多郎の中核にふれようとする場合、もちろん『善の研究』を熟読するという道があります。しかし、ここを正面突破することしか道がなければ、西田哲学は多くの人に開かれているとは言えません。
他の道の選択肢としては、以下の三つが挙げられると思います。① 随筆
② 短歌
③ 最終論文「場所的論理と宗教的世界観」
(2) 随筆――恩師との交わり
「特に数学に入るか哲学に入るかは、私には決し難い問題であった。尊敬していた或先生からは、数学に入るように勧められた。哲学には論理的能力のみならず、詩人的想像力が必要である、そういう能力があるか否かは分からないといわれるのである。」
「或教授の退職の辞」という随筆の一節です。私小説家のように自らの境涯を熱く語っています。西田は哲学だけでなく、数学的な才能にも恵まれていました。「或先生」とは、西田の恩師、北条時敬のことです。
(3) 西田の生きる態度
西田の生涯とは、人目につかないところで、火花が散るような思惟の連続だったといってよいと思います。
さまざまな無常を感じさせる出来事のなかでもっとも深刻な打撃を与えたのは、愛する者たちの死でした。そうした経験を重ねるなかで、西田が改めて感じ直したのは「人情」の重みです。西田のなかで深められていったのは、すべての学問は「人情」のためである、という実感でした。
自分の力で人生を切り拓く、という態度ではなく、人生が差し出してくる問いに、どこまでも誠実に応答しようとすること、それが西田幾多郎の生きる態度でした。
(4) 悲哀を感じ直す
若き日に姉を病で亡くし、日露戦争で弟を、さらに伴侶と息子、四人の娘を喪っています。西田にとってその悲しみは、乗り越えがたい試練でしたが同時に、この世界の深みをのぞき込む「窓」にもなったのです。
『無の自覚的限定』という著作の中でも西田は「哲学の動機は『驚き』ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」と書いています。
以下については、後に書きます。
(5) 短歌――詩と哲学のつながり(6) 言葉にならないおもい
(7) 最終論文――真の「自己」に出会う
(8) 死を経ても「生きる」存在
<出典>
若松英輔(2019/10)、西田幾多郎『善の研究』、100分de名著、NHKテキスト(NHK出版)
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