【 読書 ・ 100分de名著 】ポーを題材にして新しい小説を書こうとする作家が大勢います。つまり、ポーという作家は、まさに未完成な作品を残したため、後続の作家がインスピレーションを刺激され、時を超えて共作したくなります。
第1回 7日放送/ 9日再放送
タイトル: 「ページの彼方」への旅--『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』
放映は、 月曜日 午後 10:25~10:50
再放送は、 水曜日 午前 05:30~05:55
及び 午後 00:00~00:25
【テキストの項目】
(1)
ポー唯一の長編
(2)
「ほんとうの話」という仕掛け
(3)
スリリングな冒険への船出
(4)
カニバリズムを描いた場面
(5)
大岡正平『野火』への影響
(6)
極地への旅
(7)
真っ白なページの彼方に
【展開】
(1)
ポー唯一の長編
(2)
「ほんとうの話」という仕掛け
(3)
スリリングな冒険への船出
以上は、既に書きました。
(4)
カニバリズムを描いた場面
… 意気消沈した四人は、ますます追い詰められ、飢餓状態も極限に達します。そのとき、パーカーが恐るべき提案をします。それはクジ引きで選ばれた一人を殺害し、残りの仲間でその犠牲者の人肉を食って生き延びようという「究極の選択」でした。
直接的な描写は巧妙に省略してあるのですが、漂流中にサバイバルのため人肉食すなわちカニバリズムが行なわれたことが明らかにされています。ピムの信じられないような体験談の中でも、とりわけショッキングで強烈なエピソードです。
(5)
大岡正平『野火』への影響
日本の作家。大岡昇平に与えた影響についても、触れておかなくてはなりません。 … 1972年の講演では、自身の戦争体験に基づく長編小説『野火』(1951年)の構成は、『ピム』を踏まえたものだと述べています
さらにこの『野火』の影響を受けたのが、イギリスの思弁小説の大家J・G・バラードです。 … 『野火』英訳版の影響を受けた描写が含まれていることを隠していません。
つまり『ピム』が日本の作家に影響を与え、その影響が間接的にイギリスの作家に波及したわけで、こういう視点から今日ではポーを時代を超え国境を横断する世界文学者として見直す評価も進行しているのです。
(6)
極地への旅
… 南氷洋へと漕ぎ出すピムたちは、またしても漂流します。ピム一行を乗せたカヌーは海流に流され、南極に向かって一気に進んでいくのです。ここで肝心なのは、ポーがこの小説を書いている時点では、南極は未踏の地だったことです。19世紀前半のアメリカにおいては、そこがどんなところなのか、まだ誰も知りません。
ピムたちは行く手の巨大な瀑布、裂け目に流れ落ちる滝に向かって、猛スピードで吸い込まれていきます。大航海の果てに待ちうける、最終場面を見てみましょう。この物語の大団円です。
… そしていよいよぼくらは滝の抱擁に身を委ねた。そこでは、ひとつの巨大な裂け目があんぐりと口を開け、ぼくらを迎え入れようとしていたのだ。けれども、まさにその行く手に経帷子をまとった人影が出現した。並みの人間と比べて、はるかに巨大なすがたかたちをしている。そしてその人影の肌の色は雪のように純白だった。
なんとも唐突で、謎めいた結末です。
(7)
真っ白なページの彼方に
大団円の後にどうなったかは説明されないまま、ご都合主義的にすべてが終わってしまう。 … この小説は、当時のアメリカでは失敗作と見なされました。しかし今日では、むしろ未完成であるがゆえに、さまざまな解釈と想像力を掻き立てる作品として評価されます。
ポーを題材にして新しい小説を書こうとする作家が大勢います。つまり、ポーという作家は、まさに未完成な作品を残したため、その余白にこそ来たるべき文学的可能性を感じた後続の作家がインスピレーションを刺激され、時を超えて共作したくなり、未完成の作品を自分なりの想像力で完成させたくなる相手なのです。
『ピム』のラストの「ページの白さ」とは、まさに文学そのものの余白であり、その余白に今日ならば何を書き込むべきなのか、われわれは絶えずポーからの挑戦を受けているのです。
<出典>
巽孝之(2022/3)、エドガー・アラン・ポー『(スペシャル)』、100分de名著、NHKテキスト(NHK出版)