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2024年11月22日金曜日

(2617) 兵庫知事選を巡る6つの対立軸

※ 長いです。

最初に目次を示します。関心のある部分のみを部分的に読んでいただいて、問題ありません。

 兵庫県知事選を巡り6つの対立軸があったが、結果としては、いずれも斎藤氏に有利に働いた。それが斎藤氏の勝因だと思う。

1.   「斎藤か斎藤以外か」

2.   「デマを流すマスメディア VS 真実伝えるネット」

3.   「『旧態依然』『既得権益』 vs. 改革者」

4.   「稲村か稲村以外か」

5.   「稲村か斎藤か」

6.   「ファクトかデマか」

 

7.   選挙後の、稲村氏と立花氏のコメント

 

 「有権者が既成政党と距離を置く現状が浮き彫りになり」、「国政選挙の戦略も見直さなければならない」との認識は広がっている。「斎藤氏の勝利は、新聞やテレビなどの報道より交流サイト(SNS)がより大きな影響を及ぼした結果だと指摘されている」(産経新聞 2024/11/19

 良いことか良くないことか分かは別にして、現実はこのような動きになっていく。何が本当か、分かりにくい時代になった。マスコミやネットの情報に惑わされることなく、適切に判断する「国民の能力」が、とても大切になっていく(藤波)。

 

1.   「斎藤か斎藤以外か」

1.1.  「斎藤か斎藤以外か。私は絶対、負けるわけにはいかない」。斉藤氏は選挙戦初日から繰り返しこう訴え、改革を継続するとして支持を求めてきた

1.2.  「斎藤か斎藤以外か」の構図は、インターネットを中心に逆境の斎藤氏への同情を呼ぶ「判官びいき」の世論も醸成した

1.3.  「反斎藤」で一致しながら個別の対応はバラバラの各党の動きが、四面楚歌だった斎藤氏の猛追を許した点は否めない

(産経新聞 2024/11/18

 

2.   デマを流すマスメディア VS 真実伝えるネット」(コミュニケーション研究所)

2.1.  SNSの力

 「序盤の劣勢をSNSの力で逆転した初めての大型選挙ではないか」(立民の小西洋之参院議員)

 

2.2.  斎藤氏 対 稲村氏

 1116日時点の斎藤氏と稲村氏のXInstagramのフォロワー数、およびYouTubeのチャンネル登録者数を以下(左下のグラフ:略)に示します。斎藤氏のフォロワー数は、いずれも稲村氏の10倍以上となっており、ネット上では勝敗がついている印象を受けます。(ネットコミュニケーション研究所)https://netcommu.jp/Report/hyogochijisen2024

 なお、以下のようなことはあってはならない。徹底的に調査してほしい。「17日投開票の兵庫県知事選で敗れた元尼崎市長の稲村和美氏を巡り、後援会が開設した公式X(旧ツイッター)アカウントが選挙期間中、何者かによる一斉の虚偽通報が原因で2回凍結された」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF21CLX0R21C24A1000000/

 

2.3.  立花氏

 斎藤氏は動画においても稲村氏を圧倒していましたが、今回の選挙において、YouTube上でより大きな影響を及ぼしたと考えられるのは、斎藤氏を支持・支援するネットワークでした。特に、同じく立候補していた立花孝志氏は、自身のフォロワー数63万人を誇るYouTubeチャンネルで100本以上の動画を投稿し、これらは合計で1,500万回近く再生されました。(出典は同上) 立花氏の「デマ」については、後出(「ファクトかデマか」)

 

2.4.  SNSで広がったもの

 疑惑は捏造だとする見方がSNSなどで広がった。斉藤氏を応援するとして無所属で出馬した「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が、「斎藤氏は被害者」などと訴える場面もあった。(産経新聞 2024/11/18) … 後出(「ファクトかデマか」)

 「外国人の地方参政権」については、後出(「稲村か稲村以外か」)

 

3.   「『旧態依然』『既得権益』 vs. 改革者」

3.1.  「これは『旧態依然』『既得権益』に対する嫌悪や、それに剥奪されてきたと感じる人たちがあげる狼煙なのではないか」(国民民主の伊藤孝恵参院議員)

 

3.2.  選挙戦最終版の14日には、県内の22市町が稲村氏支持を表明したが、斎藤氏の勢いの前に敗れた(産経新聞 2024/11/18)。稲村氏支持22市長 4勝18敗(産経新聞 2024/11/19

 『旧態依然』『既得権益』を守りたい「県内の22市町」が、稲村氏と結託したとみなされ、逆効果だったのではないか(藤波)

 

3.3.  大濱崎卓真氏(選挙コンサルタント・政治アナリスト)の見解

 市長有志22人が最終盤に表明をしたことは、終盤戦において、稲村陣営の「焦り」を顕在化しただけでなく、既得権益側という位置付けを確定させるのに十分です。既得権益に対抗するという斎藤前知事のストーリーを、稲村氏が飲み込んでしまったこの出来事は、最後の3日間で選挙戦の構図を確定させてしまい、終盤の差が広がる結果につながったことは間違いありません。

https://news.yahoo.co.jp/articles/fad1771764de45da6ac0b992e362475877898725/comments

 

4.   「稲村か稲村以外か」

 バラバラだった「稲村以外」が最後は斎藤氏に集まった。

4.1.  外国人の地方参政権    後出(「ファクトかデマか」)

https://news.yahoo.co.jp/articles/4fc301892285921d6a4d4b158dff1674a9e4c777?page=1

4.1.1.  外国人の地方参政権(1)

 前知事の失職に伴う兵庫県知事選挙に立候補している稲村和美氏について、「当選すると外国人の地方参政権が成立」するという言説が拡散していますが、誤りです。稲村氏は外国人参政権を公約にしておらず、この言説を自ら否定しています。

4.1.2.  外国人の地方参政権(2)

 自民党の岡田ゆうじ神戸市議会議員は、自身のアカウントで「稲村氏は極左の『緑の党』の共同設立者の一人で、緑の党は外国人参政権を主要政策としている。知事選出馬に際し、緑の党の役員は降りたようだが、Wikiには記載が残っている。不適格では」と1028日に投稿している。

 

4.2.  行き所を失った票の行方

4.2.1.  自民党、保守層

 自民党が独自候補を断念し、さらに、斎藤氏、稲村氏、清水氏に分裂し、自民党員は失望し困惑した。特に保守層は「3人とも投票したくない。白票しかない」と思っていたが、「兵庫県知事選情勢、稲村氏わずかにリード 斎藤氏が猛追」(共同通信社 2024/11/09)というニュースが流れた。稲村氏は尼崎市で「性的少数者に対するパートナーシップ宣誓」をしており(ここまでは確認されたファクト)、「外国人参政権に賛成やLGBT法に賛成しており左寄りだ」という懸念から、稲村氏だけは避けたいとした。斉藤氏でも清水氏でもよかったが、斎藤氏の方が稲村氏に勝てる可能性が高いので、斎藤氏に投票した。斉藤氏を積極的に支持しているわけではない(藤波が聞いた話)

4.2.2.  消去法

 期日前投票を済ませた兵庫県西宮市の50代の男性会社員は「これは、という候補者がいなかった」と嘆き、最後は「消去法」で投票したと語った(産経新聞 2024/11/18。彼が誰に投票したかは不明)

 

4.3.  何を信じればよいのか

 公約はあてにならない。当選するためなら、自分の信条に反することでも、不可能なことでも、政治家は平気で嘘を語る。石破首相は次々と公約を破って平然としている。民主党は政権奪取時のマニフェストの多くを実現しなかったが、反省もしていない。トランプ次期大統領の経済政策は矛盾だらけで、実現は難しいと言われている。

 「デマを流すマスメディア」は何の反省もせず(選挙当日のテレビを見たが、サンテレビは反省したが、NHKは自らを反省することはなかった)、「真実伝えるネット」も怪しげな情報も流している。

 今回では稲村氏や斎藤氏が過去に何をしてきたか、何を言ってきたかをしっかり調べるのが重要だろう(マスメディアは自分の嫌いな報道をしないが、ネットを見ればわかる。ファクトと確認できたことだけを信じればよい)。「過去はそうだが現在は違う」と言うかもしれないが、それなら「現在はこうだが将来は変わるかもしれない」ということになり、今言っていることを信用しにくい。

(以上、藤波)

 「これだけは言っておきたい。選挙は一時の情熱ではなく、政党や候補者の理念、政策、実績を冷静に判断して投票すべきである」(鹿間孝一氏:ジャーナリスト、コラムニスト)

https://www.sankei.com/article/20241120-4KINZOBVDNN27C4T2RYQY2EN4E/

 

5.   「稲村か斎藤か」

 稲村氏と斎藤氏と、何が違っていたかを確認しておく。

 

5.1.  演説:斎藤氏は一貫していたが、稲村氏は変化した

 斎藤氏の演説の内容は告示日と最終版でも大きな変化は見られず、終始一貫したものだった。 … 「改革」「県政」「必要」「支援」および、県立高校への投資という実績を強調するため「学校」「子供」

 稲村氏の演説は当初は自らの政策を訴える内容が多かったが、終盤には対立候補批判が増えるなど変化がみられるようになった。

 以上、産経新聞(2024/11/21)

 

5.2. 

 以下、「声」を4つ、拾い集めてみた。出典は、https://news.yahoo.co.jp/articles/fad1771764de45da6ac0b992e362475877898725/comments (前出)

5.2.1.  (1)

 稲村さんは斎藤さんや立花さんの悪口ばかりの選挙戦だった。かたや斎藤さんは名指しで悪口は言わず、自分の信条・誠意を貫いて支援を呼び掛けた。見えている景色が最初から違うんです。

5.2.2.  (2)

 いや、間違いなく稲村さんは斎藤候補と争おうとしてたと思うよ。でもそもそも県民はそこを争点だと思ってなかったんだよ。

 実直に政策と実績を見て、県庁ではなく県民の方を向いて兵庫県の未来が潰れてしまわないように県政を進めてくれるのは誰なのか、有権者一人ひとりが考えて投票した結果だと思うよ。斎藤候補と戦って、県民に負けたんだよ。

5.2.3.   (3)

 第一声が県庁前で県庁職員向けであったこと。県民より県庁職員の既得権益ファーストが露わになりました。

5.2.4.  (4)

 根本的には、リハックの討論会で、稲村さんはまったく質問に対する返答がなってなかったのが決定打となっている気がする。あの段階では、しっかり質問に返答出来ていれば稲村さんに投票するつもりでした。

 その後も他人の悪口ばかり、風通しが良い県政ってなんなのって感じです。結局、斎藤さんしかないという選択でした。

ReHacQ討論会】兵庫県知事選挙【候補者7vs高橋弘樹】

ReHacQ−リハック【公式】 2024/11/01

https://www.google.com/search?q=%E3%83%AA%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E8%A8%8E%E8%AB%96%E4%BC%9A&oq=%E3%83%AA%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E8%A8%8E%E8%AB%96%E4%BC%9A&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUyBggAEEUYOTIKCAEQABiABBiiBDIKCAIQABiABBiiBNIBCTE2NjFqMGoxNagCCLACAQ&sourceid=chrome&ie=UTF-8#fpstate=ive&vld=cid:0d3b1874,vid:b-bNBgMhpNM,st:0

5.2.5.  「声」総括

 引用事例のバランスの悪さが気になるが、「稲村氏の演説のここが良かった」という記事に巡り合えなかった。私のパソコンにフィルターがかかっているのだろうか?

 

6.   「ファクトかデマか」

 

6.1.  「当選すると外国人の地方参政権が成立」するという言説が拡散 (前出)

 これに対して「稲村氏は外国人参政権を公約にしておらず、この言説を自ら否定しています」(前出)と反論したが、これでは不十分だったと思う。

 稲村氏は芦屋市長であったとき、自らの退職金を1年目の500万円から最終、3期合計5,000万円に引き上げている。(注)以下のサイトでは、稲村氏の実績も評価している。

https://iscgh2022.jp/inamura-kazumi-taisyokukin/

 もちろん「退職金を合計5,000万円にする」という「公約」は掲げていなかっただろう(私は尼崎市民でないので読んでいない・未確認)。「公約にあげていないから、しない」という論理は成り立たない。更に「稲村氏は極左の『緑の党』の共同設立者の一人で、緑の党は外国人参政権を主要政策としている」(前出)という経緯(ファクト)がある。「当選すると外国人の地方参政権が成立」は、「ファクト」を積み重ねて帰結し得る、合理的な推論で「デマ」に当たらないと思う。断定的な表現になった場合には微妙だが、選挙戦になると皆さん断定的な表現になる。

 マスコミ(及び稲村氏?あるいは、その支持者?)はこれを『ネットはデマをふりまく』と決めつけ、攻撃した。結果として、稲村氏は多くのネットを敵に回してしまったのだろう。(以上、藤波)

以下、https://news.yahoo.co.jp/articles/fad1771764de45da6ac0b992e362475877898725/comments (前出)

 ネットの情報は、昔も今も玉石混淆です。

 ですが、TV等の情報が玉ではない事が周知の事実となった今多くの人はネットでの情報から、「自分の信じる情報」、「理屈の通った情報」を追うようになりました。

 今回も、メディアが出す数々の違和感ある情報に反発する形で「より論理的と思える情報」や、問題とされる事よりも「今後の県政を動かせる実行力等に期待した内容」を、是とする人が多かったのだと思います。(括弧は藤波が追記)

 (以下、藤波)ネットのデマに振り回される人もいるが、マスコミからの情報のみに頼るのではなく、玉石混交のネットの中から信頼できる情報を引き出して、妥当な判断を導き出している人もたくさんいるだろう。日本人は、バカばかりではない。

 

6.2.  「疑惑は捏造」だ、「斎藤氏は被害者」だ (前出)

 これはデマともファクトとも言えないと思う。兵庫県で折角「県議会調査特別委員会(百条委員会)」や「弁護士でつくる第三者委員会」を立ち上げたのに、その結論が出ないままに県議会が「知事は資質欠く」という恣意的(証明不可能)な理由で不信任案を通してしまったので、公式な結論はまだ出ていない。

 そこで、“私は「疑惑は捏造」だ、「斎藤氏は被害者」だと思う”と言うのも自由だし、“私は「疑惑は捏造」と思わない、「斎藤氏は被害者」だと思わない”と言うのも自由だろう。今の時点で「疑惑は捏造」「斎藤氏は被害者」をデマだと決めつけることはできない(ただし、その根拠に嘘があれば、デマと言える)。デマだと決めつけるにはそれなりの根拠が必要だ。自分の気に入らない意見に安易に「デマ」というレッテルを貼って流布すれば、それこそ「デマ」と言われかねない。(以上、藤波)

 

6.3.  立花氏が流したという「デマ」

 立花氏が流したという「デマ」については、私は直接読んだり聞いたりしていないのでよく分からない。解説記事などを読むと、事実に即しない情報や悪質なところも多々あり、かつ、少なからぬ影響があったようだ。

 問題があるところについては、断罪しなければならないだろう。また、悪質なデマに惑わされないためにどのようにすればよいか、考えていかないといけない。民主主義を守るために、デマ対策は今後必須になっていくだろう。(以上、藤波)

 ちなみに、斎藤陣営は「(立花側と)一切連絡を取っていない」と言っている。

 以下、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/84446?page=4

 もう一つ、支持者動員の大きな要因になったのが、斎藤を当選させるために出馬したというNHK党の立花孝志による発信だ。選挙制度を揺るがす、その脱法的行為に加え、YouTubeXで文書問題に関するデマ含みの暴露情報、元県民局長の人格を貶めるような憶測、百条委の県議たちへの攻撃を流して耳目を集めた。斎藤の街宣終了後、居残った聴衆に向けて行う「ハイエナ街宣」(と本人が称していた)も人気を集め、多くの人たちがこれを「真実」と受け取っていた。

 

6.4.  「敗因はデマ」とは言えない

 事実でない情報の拡散や悪質なデマもあっただろうが、稲村氏は多くの要因があって落選したのであって、「デマで落選した」とは言えないと思う。そう言って終わらせると、大切なことを見落としてしまう。(藤波)

 

7.   選挙後の、稲村氏と立花氏のコメント

7.1.  稲村氏

 「候補者の資質を問うというより、何を信じるかということが大きなテーマになった選挙だと感じています」と振り返った。また、日に日に注目度が増した選挙戦に「斎藤候補と争ったというより、何と向かい合っているのかなという違和感があったのは事実です」と首をひねった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c367b06053d50bf6225fdb486e28fb194610713e

 

7.2.  ニコニコニュースの開票特番

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202411170001755.html

7.2.1.  稲村氏

 県職員や県民とのコミュニケーションを訴えたが、その点があまり争点にならなかったと語った。また、斎藤知事時代の県政のガバナンスの問題点が知事選の発端として「もともとこの問題がスタートした経緯と、今回選挙戦で(ネットで)拡散したストーリーに少しズレがあるのではないか」と振り返った。

7.2.2.  立花氏

 「ネットの特徴で、テレビを見ていると総合的にやるので、自分にいいことも言ってくれるし自分に嫌なことも言ってくれるから、なるほど、と思うでしょうけど、ネットって自分が心地いい情報しか聞かない人が多い」と例をあげ「今の稲村さんの話を聞いていると、何で自分が落選したのか、よく分かっていらっしゃらない」と指摘した。


2024年11月20日水曜日

(2616) アドバイス

1.   アドバイスを受けて

 アドバイスを受けて、

   スーッと受け入れることができる場合と

   不快感、反発感があって受け入れにくい場合と

 がある。その違いは、どこから来るのだろうか

 

2.   違い

2.1.  土俵

 その人がその人の土俵の上で発したアドバイスか

 私の土俵に乗ってくれて発したアドバイスか

 

2.2.  価値観

 その人がその人の価値観から発したアドバイスか

 私の価値観を尊重して発したアドバイスか

 

2.3.  状況

 おそらくその人の経験から良かれと思って発したアドバイスだろう

 しかし、状況によって、有効になったり無効になったりする

 そのことを配慮しているか、押し付けになっていないか

 

2.4.  我(が)

  自己顕示欲 ~ 私はこんなことも知っている

  マウント ~ 私は、あなたにアドバイスする立場だ

  優位感 ~ 私は貴方より優れている

 このような我(が)は、発する人は意識しないが、受け取る人は感じる

 

3.   アドバイスを受けたとき

 

3.1.  真摯に検討する

 いかなる印象を受けようと、いかなる動機があろうと、それらとは関係なく、アドバイスそのものが自分に役立たないか、真摯に検討する

 

3.2.  受容するか無視するか、はっきり決める

 役立ちそうならありがたく受け入れる。役立ちそうになければ無視する

 

3.3.  お礼を言う

 例えば、我(が)から出たアドバイスであっても、私のためにアドバイスしてくれた側面もある

 

3.4.  ゴタゴタ言わない

 例えば、土俵が違うまま議論しても何も産まれない。双方が不快になるだけである。余計なことは言わない

 

4.   アドバイスをするとき

 

4.1.  自己チェックする

 相手が不快にならないよう、2.の項目をしっかりチェックする

 

4.2.  相手の目を見ながらアドバイスする

 相手の目が輝いていたら、アドバイスを続ける

 相手の目が濁っていたら、アドバイスを終わりにする

 

5.   人間関係、特に親子関係

 

5.1.  このことは人間関係をよくすることに関わる

 

5.2.  特に親子関係がうまくいっていないとき、振り返ってみよう

 親子関係は非対象であるという特徴がある

 親は子を養育し指導する立場からしばしば「アドバイスの禁」をおかしてしまう

 子は親の愛を頭では理解しても、反発心が起こり、矛盾の中でいたたまれなくなる

2024年11月18日月曜日

(2615) 妙法寺から馬の背へ、高倉台バス停の怪

(2614) 道程、成功要因」の続きです。

 前回、「東側・西側を問わないなら、馬の背(須磨アルプス)へのアクセスには、妙法寺側(東側)からがより楽である。つまり、六甲全山縦走路を逆行するのがよい」という結論を出しました。

 公表されている所要時間を見ると、登山口から横尾山までが35分、登山口から東山までが15分でした。横尾山と東山との所要時間は20分で、地図で見ると、大雑把に言って、2対1で東山に近い位置にあります。また、登山口と横尾山との間に栂尾山があり、つまり、一つの大きな起伏があるが、登山口と東山との間には山はありません。よって、経験者の話(妙法寺からの方が楽だ)は、正しそうです。

 ただ、私は実際には行っておらず心配になったので、妙法寺から馬の背直前まで行って引き返してきました。

 感想を言うと、①登山口から整備された比較的なだらかな道が続くが、②東山山頂に近づくと急な階段が続き、③東山から馬の背までは下りになるが、反対からだと「岩をよじ登る」ような落差の大きい岩の道が続き、降りていくのに苦労しました。私は戻ったのですが、「よじ登る」ほうが楽でした。なお、大きく迂回する道があり②の道程がよりなだらかになると思います(同じ高さを登るなら、途中の凸凹があまりないのなら、歩く距離が長い方が平均傾斜は小さくなる)。

 対面ですれ違った人に「馬の背は怖くなかったか」と聞いたが、「怖かった」という人は一人もいませんでした。それでも、私は馬の背を渡らず、引き返しました。一人で行って万一滑落したら、救いようがありません。参考までに以下の記事を紹介します。

「須磨アルプス馬の背の滑落事故」(2024/09/22

https://www.yamareco.com/modules/diary/121565-detail-340101

 バス停(横尾小学校前)から東山への行き方を図示します。

 本日会ったのは、高倉台から妙法寺へ向かう人が圧倒的に多く、これに逆行すると馬の背ですれ違うことになります。大丈夫だろうか? 少なくとも「馬の背の部分」では無理なので譲り合うしかなく、少数派の方が恐縮しそうな気がします。行っていないのでわかりませんが。

 

 また、どうでもよいことですが、須磨一の谷 ~ 妙法寺の途中の高倉台バス停で、両方向けのバス停が、同じ向きになっているのが、ずっと謎だったのだが、ようやく謎が解けました。図に示します。

 

 このシリーズ終わり。 






2024年11月16日土曜日

(2614) 道程、成功要因

※ 「(2613) 3日間の散歩」の続きです。 

 須磨浦公園駐車場から馬の背に行って戻る道程を図にまとめました。私は馬の背(須磨アルプス)まで行ったことがないのですが、詳しい人に聞き取りながら作りました。山登りに慣れていない、時間制約がある(暗くなる前に帰りたい)ことを考慮すると、適切だったと思います。

 特徴は、

  六甲全山縦走路に拘らない(途中で離脱し、一部、逆行する)

  徒歩のみに拘らない(途中と最後でバスを利用する)

  馬の背を踏破することにこだわらない(途中で引き返してよい。往復してもよい)

  できるだけハードな道のりは避ける(栂尾山への登りがキツイ)

  今回は鉢伏山まで徒歩で登った(ここもキツイ)が、ロープウエイなど使うと更に楽になる

  時間の節約になる(復路はバス利用)

  元に戻れる(駐車場からスタートし、駐車場に戻る)

  特に、車で来た初心者に向いている(ベテランには物足りない)

 

 途中で別れたので確かめようがないが、多分、楽しんでもらえたと思います。これを成功例として、成功要因を分析します。

 

 先ず、彼女たちのしたことを時系列で並べると、

  したいことを決めた(馬の背に行きたい!)

  ラフに下調べした

  現場に行って行動を開始した(山陽須磨浦公園駅から歩き始めた)

  分からないことを人に聞いた

  親切な人に出会いアドバイスを得た

  良いアドバイスだと判断し実行に移した

 

 こう書けば、一般化できるでしょう。

 

 ここで⑤をどう考えるかで、作戦のたて方が変わります。⑤は運任せなのです。従って⑤が伴わず、うまくいかないまま終わってしまう恐れがあります。そのため、多くの人は、②の下調べを綿密に行います。これが正攻法です。

 

 正攻法ではあるが、欠点もあります。綿密に調べても、冒頭の道程は描けなかったと思います。惨敗に終わる(当初目的が全く達成されない)可能性は低いが、今回のような大きな成功は期待できないでしょう。しっかり下調べをしていたら、人にあまり聞かないだろうし、予定通りの行動をしようとし、柔軟に対応しなくなります。当初計画は必ずしも完璧でなく、もしかしたら間違っているかも知れないのに、是正されにくいのです。

 

 運を織り込むと様子が変わってきます。一番大きな違いは、正攻法では思考の場で自分の頭が働くだけですが、運を織り込むと、現場にいながらその現場で他者の知恵を吸収できるチャンスが大きく増えます(運だよりなのでうまくいかないこともありますが、その時は「今回は運がなかった」とあきらめましょう)

 

 運任せという点が気になると思いますが、それは運が向こうから来ると思っているからです。運は自ら手繰り寄せるものです。夢を抱いて一生懸命何かをしていると、助けてくれる人が寄ってきます(70年以上生きてきての実感です)。

 

 大切なことは三つあります。①夢を描き語る、②夢を実現するために協力を求める、③夢を実現するために自分にできることはすべてする。③がないと、助けにきてくれる人が来ないし、たまたま来ても直ぐ去っていきます。①や②がないと、誰も気づいてくれません。

 

 ありきたりのことをしたいのなら、正攻法で十分でしょう。でも、画期的なことをしたい、画期的な経験をしたい、なら、運を取り込むことをお勧めします。

 

 計画を重視し過ぎると、いつまで立っても検討ばかりして③に至らないまま、熱意が消えてしまいます。新しいことを始めようとするとき、情報量が少ないので、たいした計画は作れないし、立てた計画も正しいかどうかわかりません。情報量の少ない場合はラフな下調べで現実に飛び込み、現実に真正面から向かいながら、現実の中で修正していけばよいのです。


2024年11月14日木曜日

(2613) 3日間の散歩

1日目は、三つの起伏のある道を1時間30分歩き、平地で買い物30

2日目は、一つの大きな起伏を歩き、途中で30分ぐらい買物をして、合計2時間

3日目は、六甲全山縦走路の「山陽電車 須磨浦公園駅」から「高倉台」まで。自宅を出てから帰るまでトータルで2時間15

 

 3日目は奈良から来て、「馬の背」まで行きたいという女性2人と会った。山登りは慣れていないようで、下調べもあまりしていないようで、大丈夫かな? と思いつつ、「放っておけない」いう感じで途中まで案内することにした。途中で「おっちゃん」がもう一人加わって4人連れ。その方が道をよく知っていた。

 

 縦走路をたどれば高倉台から栂尾山、横尾山を経由して馬の背に向かうのだが、妙法寺行バスに乗って、横尾小学校前で降りて東山経由で向かうのがよいということになった。暗くなる前に帰れるだろう。帰りはそこから引き返し、市バスで須磨一の谷に戻ることにした。車を置いているとのこと。下調べはできていなかったが、二人の「おっちゃん」と出会い、女性二人は多分、最適ルートを辿れたと思う。これも旅の醍醐味か。

 

 私は、高倉台で分かれて家に帰ることにしたが、おっちゃんは予定を変更してバスで同行していった。家に帰るのに、そうとう遠回りになるのだが。親切と言うか、…

 

 いつもは一人で歩いているのだが、同行者がいて、おしゃべりしながら行くのも楽しいものだ。

 

 別れるときに「また会おうね」と手を振ってくれたが、会うことはない。

 

 よくよく考えれば「Facebookに載せていい?」とか聞いて写真を撮っておけばよかったのかな。そういう知恵がまわらない。



  

(2612) 体が鈍っている / 散歩の効用

 私は、特にスポーツをしていないし、今はジムにも通っていない。放っておくと運動不足になるので、散歩するようにしていた。猛暑に見舞われ、しばらく中断していたが、3日前から復活した。気づきがあった

 

≪散歩直後≫

(1)脚はそれほどだるくならなかった

  遅延性と(5)の影響か

(2)お腹がゴロゴロいってオナラが出た

  物理的刺激を受けて腸が動き始めたのだろう

(3)少し息切れがきつかった

  息切れなしでは登れない急坂ではあるが、息切れが少しきつかった

(4)背中が少し痛くなった

  歩くとき無意識に背を伸ばす習慣がある。座る時間が長く背が丸くなっていたのか

(5)平地を歩いていて、同年配の人に追い越された

 追い越されて驚いた。気づかぬままスピードダウンしていたのだろう

 「信号が青のうちに横断歩道を歩ききれなくなると、外出できなくなる」と聞いたことがある。またまだ大丈夫だが、いずれ歩く速度が重要な意味をもつようになる

 

≪遅延・蓄積≫

(6)膝が気になった

  途中から気にならなくなった

(7)太ももにハリ感

  歩くのに支障はなかった

(8) 少し腹筋にも効いている

  あまりにも腹筋が弱くなっていたからだろうか

 

 知識として知っていた「散歩は健康に良い」を体感できてよかった

(1)脚力を中心に筋力がつく

(2)腸の働きが活発になる

(3)肺の機能が高まる

(4)背筋が伸びる

(5)歩くスピードが上がる

(6)膝が鍛えられる

(7)腹筋や背筋も維持できる

 

 「ウォーキングは正しい歩き方が大事!姿勢や歩くコツ、効果的な方法は?」では、

ウォーキングは歩くだけの手軽な運動ですが、①血行促進効果、②生活習慣病の予防、③基礎代謝が上がり痩せやすい身体になる、④新陳代謝がアップして老化防止になるといった効果が期待できます。また、身体への影響だけでなく⑤気分転換やリラックス効果も得られます。30分ほどウォーキングを続けると、セロトニンという⑥精神安定に効果のあるホルモンが分泌されるため、⑦ストレス軽減にも。酸素を多く取り込むことで⑧脳が活性化するので、考えごとをしている時や悩みがある時にも気分転換にぴったりです。

https://stridelab.jp/column/walking/walking-how-to-walk.php

と書いてあった。

 

 効果として背筋が伸びるとは書いておらず、「歩く前にまずは正しい姿勢を意識することが大事です」と注意事項として出てくる。トボトボ歩くなら背中が曲がったままでも歩けるが、歩幅を大きくしてスピードを上げると、背中が丸いままでは歩けないだろう。自然と背筋は伸びる

 

 「腸の働きが活発になる」が出てこない。

 

 「おなら」(新横浜国際クリニック)によれば、

おならが増える原因として「食べ物・飲み物の影響」①糖質・食物繊維のとりすぎ、②タンパク質・にんにくなどのとりすぎ、③炭酸飲料の飲みすぎ

「関わる病気」については、①過敏性腸症候群、クローン病、潰瘍性大腸炎など、②呑気症(どんきしょう)

https://siclinic.or.jp/fart

が挙げられており、「散歩するとおならが出る」とは書いていない。

 

 「おならが出過ぎる原因は?お腹の張りを改善するツボ紹介」によれば、

「おならが止まらないのはなぜ?」の一つとして、運動不足(普段からあまり運動をしない方は、気滞になりやすく胃腸の働きも弱くなってしまいます。運動不足により、気の流れが悪くなっているため、腸の動きも悪くなりガスも溜まりやすくなります)

https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/body/?p=12250

が挙げられていた。

 

 行きかう人にバレないように溜まっていた悪質のガスを放出でき、すっきりして体が健康体に戻ったような気分になった。大気汚染を引き起こしているようで心苦しいが、薄まるので大丈夫だろう。

 今回の散歩で一番良かったのは、これかもしれない 

2024年11月8日金曜日

(2611) おしゃべり

 私が人に話しかけるのはどのようなことなのか、ときなのか、考えてみました。3つ思いつきました

(1)その人に知って欲しいこと

(2)その人が知って、その人に役立ちそうなこと

(3)その人の意見を聞きたいとき

 

 世の中には、これ以外のパターンがありそうだと、考えてみました。3つ思いつきました

(4)私の気持ちを聞いて、聞いて(女の人に多い)

(5)私は、こんなに凄い(素晴らしい)のだ(男の人に多い)

(6)相手との関係をよくする、場の雰囲気をよくする(社交的な人に多い)

 

 私には、少ないパターンです

 例えば、沈黙が続いたとき、私はあまり気にならない方ですが、気になる人が多いようで話しかけてくれます。ありがたいことです( (6)の場合)

 

 それだけでなく、(4)(5)も起こり、私はできるだけ丁寧に聴くようにしています。でも、あまりにも長いとき、あまりにも頻繁なとき、疲れてしまいます

 

 そんなとき、私は、私にとって大切な人かどうかで、多分対応が違っていると思います。大切な人の場合は、頑張って聴くようにしていますが、そうでない人のときは、露骨ではないと思いますが、丁寧さが少なくなっていると思います。その人は自ずと遠ざかっていきます

 

 これで良いのだろうと、私は思っています

2024年11月6日水曜日

(2610) 価値観の再構築

 容認できない現実を突きつけられた時、二つの対処があります

  「容認できない現実」を変えようとする

  「容認できない現実」を前提とし、価値観を再構築しようとする

 例えば、大病や事故で元の健康な体に戻れなくなったとき、出世街道から外され出世の道が絶たれたとき、等です。あるいは、加齢に伴い否応なく体の衰えを自覚させられたときも含みます

 

 先ずは①の努力をしますが、限界があります。その時に②への移行が必要になります。価値観再構築に成功するか、失敗するか、がその後、その人が幸福になれるかどうかに、大きく関わります

 (2608)で述べた“「確立している」は、「変わらないこと」とは違います。価値観は確固としていてかつ柔軟で、絶えず見直され、進化を止めません”は、このことです。自分の置かれる環境は変わっていくので、価値観もそれに応じて見直していかねばなりません

 

 「Beingな生き方」と「Doingな生き方」とのどちらを選ぶかは幸福になれるかどうかにあまり関係せず、価値観を再構築できるかどうかが、決定的な意味をもつようです

 

 これをうまく出来る人と、出来ない人がいるようです。私の観察によれば、「私の生き方が正しい、貴方の生き方は間違っている」といった態度で生きてきた人には難しく、「私は私の生き方で生きていきたいが、貴方には貴方らしい生き方があるのね」という態度で生きてきた人は、自分の価値観を再構築しやすいようです。他人に寛容な人は、自分にも寛容になれます

 

 前回の(2609)に当てはめると、次のようになります

  競争原理を価値観の中心におく人はそれでよい(そうでない人もそれでよい)

  競争原理で勝ち組となった人は、その価値観を維持してよい

  競争原理で負け組になった人は、苦しくとも勝ち組を目指し続けるか(幸福度が低いまま続く)、価値観を再構築する。価値観の再構築に成功した人は、幸福になる

  競争原理で勝ち続けた人も、リタイヤした時点では価値観の再構築をしなければならない。それに失敗した人は、幸福度が下がる

 このうち④に失敗し、自ら晩年を穢す人がとても多くいます。「老害」と呼ばれる人たちです。その自覚がないと、救いがたい存在になります。出世した人ほど危ない

 

 今の自分の価値観をとことん吟味し納得しておれば、他者の価値観が自分のとはちがっていても、その価値観を尊重し、また、異なる価値観を泰然として受け容れることができます。その人は、自分の価値観の再構築が必要になった時に柔軟に対処できるでしょう

 

 勝ち組になり、その時に負け組をバカにしていた人は、ほぼ確実に④で失敗すると思います。バカにしていた対象に今度は自分がなってしまい、それを認めたくないから「老害」をまき散らし続け、そのため周囲から疎まれていくからです

 

2024年11月5日火曜日

(2609) 80代に幸せが待っている

 昨日(2024/11/04)昼頃ふと新聞のテレビ欄を見ると、「徹子 提言…和田秀樹」とあり、最後の5分程度観ました。

 世界中の文献を調べると、共通点があった。幸福度の最も低いのが40代、最も高いのが80代というのは、国が違っても、同じ傾向にある。何故、そうなるのか。

 40代は競争社会に生きていて、出世したとか、子どもが東大に合格したとか、他人と比べる。負け組が勝ち組より圧倒的に多いので、幸福度の平均は下がる。

 80代になると、競争がなくなる。「私は金持ちではないけれど、生活に不自由はない。生きていること自体が幸せだ」と感じる。

 だから、年を取ることに心配しなくてよい。幸せが待っている。

 

 メモを取っていないので、正確な記録になっていないが、趣旨としてはあっていると思います。

 

和田秀樹:高齢者専門の精神科医 「80歳の壁」の著者が後悔しない老後のヒントを提言 「徹子の部屋」

https://post.tv-asahi.co.jp/post-354742/

 

人生の幸福度は「82歳以上」が最も高い?高齢者ほど幸せな「エイジングパラドックス」が起きるワケ

https://gendai.media/articles/-/108460?imp=0

 

2024年11月4日月曜日

(2608)「Beingな生き方」と「Doingな生き方」

 ここで、

Beingな生き方」とは、「である」ことを重視した生き方であり、

Doingな生き方」とは、「をする」ことを重視した生き方です

 

 「Beingな生き方」としては、例えば

  お金持ちである

  会社の社長である

  街を歩くと皆が振り返る美人である

などです。「生活に困らない程度の金をもっている」「係長である」など控えめなこともあるし、「他人から尊敬される人格者である」というのもあります。なお「having」(持っている)もここに含めて考えています

 

 「doingな生き方」は、自分が意義あることをしているという思いです。行動、感情、思考、信仰を含みます

  (行動)具体的に体を動かす、社会貢献活動をする、など

  (感情)大自然の中で癒される、名画に感動する、親友と語らいほっこりする、など

  (思考)あれこれ考える、真理を知る、仕組みを知る、意見交換する、など

  (信仰)信仰心をもつ、孫の幸せを祈る、世界平和を祈る、など(信仰は、行動か感情か思考かのどれか一つに絞れません)

 

 「意義あることをしているという思い」において、「意義ある」は、自分の価値観に基づくものであり、他者の価値観は関係ありません。そのため、自分の価値観が確立していると他者の言葉でぶれることはなく、自分の価値観が確立していないと「doingな生き方」はできません。「確立している」は、「変わらないこと」とは違います。価値観は確固としていてかつ柔軟で、絶えず見直され、進化を止めません

 

 「Beingな生き方」と「Doingに生き方」には優劣がなく、「どちらが正しいか」ではなく「貴方はどちらを選びますか」であり、どちらにするかは、本人が決めます。自分で決めて、自分がその責任を負います

 

 どちらを選んでも、それにより得られるものと、結果として失われるものがあります。失われたものに囚われ、不平を言ってはいけません。失うことを受け容れましょう。

 また、反対の生き方をしている人を羨んではいけません。非難してもいけません。誰もが自由意志で選べます。

 

 両方を選ぼうとするのも自由ですが、おそらく生き方に矛盾ができて、生き方がぶれて、結果としてどちらも失うことになるでしょう。どちらも選ばないと、自分が生きている価値を見失うのではないでしょうか 

2024年11月2日土曜日

(2607) 夢と幸せ


 なるほどな! と思った


私は、夢に生きているのだ

だから、幸せなのだ

 

夢に到達したら幸せになるとは思わない

夢を追い求めているまさにその時、幸せになっている

 

 

その夢とは、

「あなたの夢は何ですか」という問に答えて出てくる「夢」ではない

 

 

私には、二つよいことがある

 

夢が達成しないからと言って、不幸せにならない

 

夢を追い求めることは、私が自由意志ですることだ

他者から影響を受けることはない

私が、夢をもち続ければ、それだけで、よいのだ

 

だから、私は、いつも幸せなのだ

自由に生きさせてもらっているおかげだ