2019年10月27日日曜日

(1769) 「いのちの大切な言葉 ~ ことのは語り」(木村悠方子)

 
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(K0910)  家族と人口 / 「家族の解体」(2) <家族の再構築><少子高齢化>
http://kagayakiken.blogspot.com/2019/10/k0910-2.html
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私が講演をするときは、先ず原稿を書き、それに即して話します。それでは駄目だなと実感しました。先ず伝えたいことがあり、それを非言語表現も含めてどのように伝えるかが大切。こういう気づきもいただきました
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 昨日、木村悠方子(マサコ)さんの講演を聞きました。とても良い話でしたが、チラシのタイトル「食といのちの大切な話『いただきます』」と少し違っていたので、ここでのタイトルは上に示したようにしました。
 
 来賓は「キムタクのお母さんの話が聞けるのを楽しみにしていたが、講演前にお話をしていて考えを改めました。これから、木村悠方子さんのお話を聞くのが待ち遠しくなりました。因みに、彼女のお子さんの一人が、キムタクです。」と挨拶されました。
 
 私は、珍しくメモを取らずに聞きました。というのは、木村悠方子さんの話は、目で文を読むのではなく、耳で聞くものだと思ったからです。言葉の大切さ、いのちの大切さを伝えるのに、書かれた文字列だけでは無理。話すことにより、文字列では伝えられないものを伝えられると感じました。ですから、メモをとることはあまり意味がなく、聞くことに集中して良かったと思います。
 
 何故、書き言葉でなく、話し言葉でなければならないのか。それは、木村さんの講演が、頭に働きかけるものではなく、心に働きかけるものだからです。それは、心に異物を注ぎこもうとするのではなく、それぞれの人の心の中にある大切なものを呼び覚まそうとするものです。
 
 「朝起きたら、おはようと元気な声で口に出そう」「鏡に自分の姿を映して、褒めてから出かけよう」とか、冒頭に聞いたことを書けば、こんな表現になります。しかし、これは木村さんが伝えようとした大きな塊の一部でしかなく、その一部に目を注いでしまうと、全体が見えなくなってしまいます。
 
 木村さんの講演を要約することは、あまり意味がないと思います。何が語られたかが大切なのではなく、語りかけられて変わった、各々のこころの変化が大切だからです。それは、人によって違うはずです。
 
 これから、木村悠方子さんの講演会のチラシを見かけたら、是非、聴講してください。お勧めします。
 
 どのような話を聞けるか、気になる方は、例えば、
https://kouenplus.com/profile/kimura_masako/
 今回の講演会のタイトルと一致しています。昨日の講演は、少し違っていました。「これから結婚する人や母親になる人、とくに小さなお子さんのいるお母さん」もいたけれど、そうでない人が多かったので、少しアレンジされたのかもしれません。
 

<出典>
講演会: 木村悠方子、「食といのちの大切な話『いただきます』」、「生命の教育講演会」、主催 公益財団法人 新教育者連盟 兵庫支部、なでしこホール(西宮市)、2019/10/26
 
ことのは語り木村悠方子先生に聞く、[特別インタビュー]「いただきます」から始まる食育と子育て、生命の教育 令和元年7月号、P.19


 

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