2016年9月17日土曜日

(633) 書評 ~笑った~ / 「コンビニ人間」(5)


 私は、書評を読まず、ただ作品のみを読んで書いてきた。他の人の意見に惑わされず、自分の感性のみで読みたかったからである。

 他の人々がどのように読んだのだろうか。この作品に評価を与えた人の意見を見てみる。

 
【芥川賞選評】 P.390 P.399

  山田詠美

 …この作品には小説のおもしろさのすべてが、ぎゅっと凝縮されて詰まっている。十数年選考委員をやって来たが、候補作を読んで笑ったのは初めて。そして、その笑いは何とも味わい深いアイロニーを含む。…

  奥泉光

…人間世界の実相を、世間の常識から外れた怪物的人物を据えることで、鮮やかに、分かりやすく、かつ可笑しく描き出した。…

  村上龍

主人公は「おかしな人物」として登場するが、彼女は決して「変な人」「悪人」「病んだ人」「社会的不適格者」などではない。「古倉さん」は、実はどこにでもいる。… 上質のユーモアがあり、作者に客観性が備わっている…

  島田雅彦

… テーマを『コンビニ人間』というコンセプトに落とし込み、奇天烈な男女のキャラを交差させれば、緩い文章もご都合主義的な展開も大目に見てもらえる。…

  堀江敏幸

 … 指のささくれを一本ずつ抜いていくような心理の詰め方が逆にユーモアを生み、異物を排除する正常さの暴力をあぶり出す。読後に差し込む不思議な明るさに、強く引き寄せられた。

  小川洋子

… 社会的異物である主人公を、人工的に正常化したコンビニの箱の中に立たせた時、外の世界にいる人々の怪しさが生々しく見えてくる。…

  高樹のぶ子

( 「コンビニ人間」に言及なし )

  宮本輝

コンビニというマニュアルの集積のような職場であっても、そこもまた血の通った人間の体温によって成り立っていることを独特のユーモアと描写力で読ませていく佳品である。…

  川上弘美

… こちらは、反対に、笑ったのです。はじめての種類の、笑い方でした。おそろしくて、可笑しくて、可愛くて(選評で「可愛い」という言葉を初めて使いました)、大胆で、緻密。圧倒的でした。

 
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私は、この小説を読んで面白いと思ったが、笑いはしなかったので、書評を読んで少し意外だった。ユーモア、「その笑いは何とも味わい深いアイロニーを含む」、「おもしろさ」と言われると、そうかなと思う。


私は、「否定しきれない非日常性」と「型破りな理路整然」が、「笑い」の源にあるのではないかと思った。

非日常性は、普通でない、異物であるということから起こる。それは、自己保全のために否定したくなるものであるが、この小説では、否定しにくい。それは、主人公(古倉)と白羽さんを対置した効果ではないか。「変な人」「悪人」「病んだ人」「社会的不適格者」をすべて白羽さんに背負わせ、対照される主人公を否定しにくくしている。「否定しきれない非日常性」を主人公が具現している。

 この小説では「あちら側」である、主人公と白羽さんの論理が主流になっている。「こちら側」から見ると変なのであるが、「あちら側」は頓着なく進んでいく。何故ならば、彼らから見ると「こちら側」が変なのだから。しかも、「あちら側」の二人は、同調しながらもすれ違い、かつ、二人各々のやりかたで「こちら側」に合わせようとするからややこしい。客観的に見て理路整然とは思えないのだが、「型破りな理路整然」で話は進行していく。

 
テレビでは、ほんの短い時間で笑いをとらねばならず、必然的に笑いの質が限定される。それとは異種の笑いの要素と、これまた我々にとって「非日常的」なコンビニの詳細が、飽きさせず読み続けさせる力になっていると思う。それだけではない。

 

(629) 音で綴られた小説 / 「コンビニ人間」(1)
(630) 「今のままの私ではいけない、という思い」 / 「コンビニ人間」(2)
(631) 登場人物 / 「コンビニ人間」(3)
(632) 居場所 / 「コンビニ人間」(4)
(633) 書評 ~笑った~ / 「コンビニ人間」(5)

 
5回のシリーズで、私は異なった観点から読んできた。

 
「名作」の条件が「人によって様々な読み方をする」「同じ人が様々な読み方をする」「同じ人でも違う時期だと読み方が違う」であるならば、この小説は「名作」と言ってよいだろう。

 
引用  / 上記ページ数は、以下の本による
村田紗耶香、「コンビニ人間」、文芸春秋(第94巻 第13号)、2016/9

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