2016年6月24日金曜日

(549) あわれみ(2/2)


前回からの続き。


前回の復習

課題
  ルソーの「あわれみ」=「共感」に対して、違和感を覚えた人がいる。
  何故、そのようなことが起こるのか?

考察
  ルソーは、pitie という言葉を使ったと思われる。英語では、pity である
  pity = sympathy とも言える
    pity : a strong feeling of sadness or sympathy for someone or something
  英和辞典では、pity あわれみ、sympathy 共感
  しかし、あわれみ 共感
  和訳するときにズレが発生するので、上記が起こる

 
今回の課題

 ルソーの言いたい「あわれみ」は、日本語の「あわれみ」とは違う。
 ルソーの言いたい「あわれみ」を『あわれみ』と呼ぶことにする
 では、『あわれみ』とは何者か?

 
===== 引用 はじめ  P.72

 人間を社会的にするのは彼の弱さだ。「わたしたちの心に人間愛を感じさせるのはわたしたちに共通のみじめさなのだ」。つまり、弱さや苦しみに対する共感が、人と人とを結びつけて、お互いに助け合う気持ちを生むというのです。

===== 引用 おわり  P.73

 『あわれみ』は「弱さや苦しみに対する共感」であって、単なる「共感」ではない。「強さや楽しみに対する共感」は、『あわれみ』とは言えない。

 
 ルソーは、『あわれみ』を表現するのに、なぜ、sympathy ではなく、pity ( pitie ) という単語を使ったのか

  sympathy では、「弱さや苦しみに対する」の部分が欠落する。
pity ( pitie ) なら、「共感」と「弱さや苦しみに対する」の両方のニュアンスを含む。
 Sympathyは「共感」に対応し、sadness or disappointmentは、「弱さや苦しみ」に対応する

pity: 
    a strong feeling of sadness or sympathy for someone or something
    something that causes sadness or disappointment
Merriam-Webster Online

 
 日本語訳するとき、「あわれみ」で良かったのか。

  原語がpity ( pitie )なので、「あわれみ」と訳すのは普通であり、悪いとはいえない。しかし、「共感」の部分が欠如している。
詳しく書くなら「共感を伴うあわれみ」「弱さや苦しさに対する共感」だろうか。長ったらしいが、該当する単語は、思いつかない。
そこで単語としては「あわれみ」として、「共感を伴う」ものであることを解説するのが妥当だろう。テキストは、このような構成になっている。

 

 「あわれみ」という単語には、ルソーの思想が凝縮されて詰まっているので、数行で説明するのは難しい。ルソーの思想を理解しないと、単語の持つ真髄の意味はとれない。

 一方、「あわれみ」という単語を追求していくと、ルソーの思想に迫ることができる。2回にわたって、追い求めてきた。

 
出典:
西研(2016/6)、ルソー『エミール』、NHKテキスト

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