2021年2月23日火曜日

(2254)  (2)「マスコミ」の観点から/「森元首相たたき」に思う

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(K1395)  終活期の「学び」 <自立期>

http://kagayakiken.blogspot.com/2021/02/k1395.html

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日本をミスリードしている(と私は思っている)マスコミについて。(1)多くの大新聞、週刊誌など。(2)テレビ、特にワイドショウ的番組。(3)YouTubeTwitterなど私的メディアによる言論統制

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 「森元首相たたき」を煽り立てているマスコミ、日本をミスリードしている(と私は思っている)マスコミについて。

(1) 多くの大新聞、週刊誌など

(2) テレビ、特にワイドショウ的番組

そして、最近顕著になってきたのが、

(3) YouTubeTwitterなど私的メディアによる言論統制

 

 上記(1)(2)をくくって「マスコミA」とよぶことにする。ここでいうマスコミAに該当しないマスコミもあるので、マスコミの一部(と言っても大部分だが)であることを明確にしたいための命名。また、新聞購読やワイドショウ視聴などのみから情報を得ている人を「大衆A」と呼ぶことにする。インターネットを使えない団塊世代以上と、主婦層に多いのではないか。例えば、インターネットを駆使している若者の多くは当てはまらない。当てはまらない人を「大衆B」ということにする。

 

(a) マスコミA vs 大衆A

(a-1) マスコミAは、プロパガンダ(宣伝。特に、特定の主義・思想についての(政治的な)宣伝)により、自分達の趣旨に沿った情報を、大量、一方的に大衆Aに流し込み、自分達の趣旨に沿った「世論」の形成を図る

(a-2) 大衆Aの中から、自分達の趣旨に沿った意見を大々的に取り上げることにより「これが世論だ」という主張を垂れ流す

 

(b) マスコミA vs 大衆B

(b-1) 大衆Bの中には、マスコミAの主張に異を唱える人もいる。その人へは、「((a)によって形成した)世論に反する」と、徹底的に攻撃する

(b-2) マスコミAは「報道しない自由」(国民の知る権利のために報道機関が有する報道の自由に対して、時には報道機関が報道しないことによって国民に知らせないことも自由になってしまうという危険性を示す用語である)を行使し、意に反する大衆Bの意見を封じ込める

 

 「森元首相たたき」報道では、まさにこういうことが起こっていると思う。

 

 「全体主義」とは、「全体の利益を第一とし、個人の価値は全体に奉仕する点でだけ認める(政治上の)主義」を指す。この「全体の利益」を「私の利益」に置き換えたものを、私の造語だが、「私的全体主義」と呼ぶことにすると、マスコミAは、独善により、私的全体主義に邁進しようとしているように、私には見える。無用なというより更に言うと有害なマスコミAは、無くなる方がよいのではないか。「正義を守る」と口で言っても、言行不一致ではしかたがない。

 

 主要全国紙の朝刊販売部数は、着実に減っている。

https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20191003-00145036/

勿論、インターネットの普及や人口減の影響もあるだろう。しかし、マスコミがその使命を果たしていたら、逆に増えても良いとも思う。インターネットでは、できないこともある。



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