2020年10月11日日曜日

(2118)  谷崎潤一郎スペシャル(2-2) / 100分de名著

 

 

◆ 最新投稿情報

=====

(K1259) (弄便)ズボンがモゾモゾするから取り出した(1) / 認知症の人の不可解な行動(39) <認知症>

http://kagayakiken.blogspot.com/2020/10/k1259139.html

=====

 

☆☆  『義経千本桜』(添付図)

桜が満開の吉野の山中を、静御前は義経のもとへ向かう。源九郎狐は親狐の皮でつくられた初音の鼓を慕って、持ち主静御前のもとへ佐藤信忠に化身して現れる。谷崎は、自らの文学に大きな影響を及ぼしたと述懐した

☆☆

 

第2回  12日放送/ 14日再放送

  タイトル: 『吉野葛』- 母なるものを探す旅

 

放映は、   月曜日 午後 10:25~10:50

再放送は、  水曜日 午前 05:30~05:55

 及び        午後 00:00~00:25

 

 

 

【テキストの項目】

(1)   新たなテーマと私生活の転機

(2)   紀行文の体裁をとった歴史フィクション

(3)   抽象化された谷崎流の「母恋い」

(4)   あらゆる女性の可能性を秘めた「母」とは

(5)   永遠に立ち上がる「母なるもの」

 

(6)   吉野という異界

(7)  「聖地巡礼」の成果とは

(8)  「負け組」へのシンパシー

(9)   異界探訪譚

(10) 歴史、風土と一体化する新境地

 

【展開】

(1)  新たなテーマと私生活の転機

(2)   紀行文の体裁をとった歴史フィクション

(3)   抽象化された谷崎流の「母恋い」

(4)   あらゆる女性の可能性を秘めた「母」とは

(5)   永遠に立ち上がる「母なるもの」

以上は、既に書きました。

 

(6)   吉野という異界

 実際に谷崎はこの地を訪れているので、土地の描写や伝承の物語の紹介などには取材の成果が活かされており、リアルな吉野がそこにはあります。しかし、よそ者が歴史的伝承の地層が厚い吉野を旅すれば、それはおのずと「異境探訪譚」ともなります。谷崎は、夢の世界のように吉野を描きます。古典を通じて親しんでいた吉野という土地に初めて足を踏み入れるとき、そこは妄想と現実が二重写しとなった、現実でありながら非現実の感覚を想起させる特別な場所となる。この胸躍らせる感覚を、『吉野葛』は掬(すく)い取っていくのです。

 

(7)  「聖地巡礼」の成果とは

 彼らは古典や芸能に精通していますから、古典の世界の舞台になった吉野を「聖地巡礼」する楽しみがありました。紙漉()きの里を訪ねたり、その「静御前の初音の鼓」とされるものを保存する地元の郷士と話をしたりします。『吉野葛』自体が、聖地巡礼の物語でもあるのです。

 谷崎はこの地の取材を都合三度行なっています。二度目の際には長逗留をし、入念にあちこちを取材して回ったようです。 … 吉野という土地には、文豪がみないちどは詣でるものなのでしょう、ほかのページ(宿帳)には田山花袋、志賀直哉などの名前もありました。ここはそういう土地なのです。

 

(8)  「負け組」へのシンパシー

 『義経千本桜』とは、人形浄瑠璃や歌舞伎の人気演目ですが、そもそもは「源平合戦」後の源義経の都落ちをきっかけにして、じつは生き延びていた平家の武将たち、平知盛、維盛、教経が、幽霊姿や吉野山の僧兵に成りすまして源義経を追い詰めていくという敗者復活のストーリーです。 … これはいかに日本人が負け組にシンパシーを覚えるかを示しています。

 こうした偽史にあたるもの――正式な記録には残らず、口承で伝わり、また過度に脚色されたストーリーが、関西には多く、土地に根づいていると知ったとき、谷崎はおそらく「これはたいへんな鉱脈に当たったぞ!」と、創作意欲をおおいにかき立てられたはずです。そしてその第一弾として書いたのが、この、『吉野葛』ではないか。吉野に行けば、そうした偽史の世界、負け組の歴史が鮮やかに残っている。そこに多少の脚色を加えながら、おもしろおかしく書きたいと谷崎は考えたに違いないのです。

 

(9)   異界探訪譚

 とにもかくにも、『吉野葛』は「私」が友人に連れられ吉野に行き、そして帰ってくるだけのシンプルな小篇ではありながら、日本的な大地母神、グレイトマザーと日本人の精神のありようを描こうとした、野心的な作品なのです。マザーネイチャーへの回帰といってしまえば現代的な流行りのようにとらえられるかもしれませんが、本来はアニミズムの信仰にもつながる古来の問題です。吉野という土地は、私たちを異界へ連れ出し、そこで人類の元型としての「母なるもの」に遭遇する――。そうした異界探訪譚として読むとよいのではないか。

 

(10) 歴史、風土と一体化する新境地

 『吉野葛』は、本格的にフィクションライターとして歴史に想を得る仕事に挑んでいく、彼にとってターニングポイントの作品となりました。さらには、関西移住も実行しました。正史でがんじがらめになっている関東とはまったく違う、まだ歴史の書き換えが可能にみえる関西で、偽史とたわむれるという技巧を会得したのです。

 作家は、自分の手の内にいくつものテーマや手法を持っているほうが強いものです。谷崎ほど自分の創作のバリエーションを広げていくことに貪欲な作家もなかなかいません。

 彼が、崇拝する対象の女性に自他の区別が曖昧になるほど同一化できる特性は『痴人の愛』で見てきたとおりですが、こんどは歴史の一ページに自らを潜り込ませ、歴史上の人物に憑依するというふうにその特技を発展させていったのです。

 

 

<出典>

島田雅彦(2020/10)、谷崎潤一郎スペシャル『』、100de名著、NHKテキスト(NHK出版)



0 件のコメント:

コメントを投稿