2017年2月27日月曜日

(796) 日本の童謡


2017222日(水) BS朝日 放映済み
“歌を忘れたカナリヤは…”
日本の童謡 鈴木三重吉と「赤い鳥」運動

 

童謡は、いいな!

聞いていて懐かしいというか、安心できるというか。
童謡を聞いていた子どものころは幸せだったのだろうなと思う。
感謝の気持ちもわいてくる。

 

「“童謡”が生まれて約100年」だそうだ。
ということは、「約100年前より以前には、童謡はなかった」ということになる。

===== 引用 はじめ

童謡(どうよう)とは、大正時代後期以降、子供に歌われることを目的に作られた創作歌曲のこと。学校教育用に創作された唱歌や、自然発生的に作られたわらべ歌とは異なる。

古くは子供の歌といえば、いわゆるわらべ歌であった。明治期に西洋より近代音楽が紹介されると、学校教育用に唱歌(文部省唱歌)と呼ばれる多くの歌が作られた。これらは徳育・情操教育を目的に、主に文語体で書かれ、多くは日本の風景・風俗・訓話などを歌ったものである。

===== 引用 おわり

 

では、100年前に、どのように童謡が始まったのか。
「かなりや」が第一号らしい(19195月)。

===== 引用 はじめ

日本で初めて、曲のついた童謡として発表されたのは、「歌を忘れたカナリヤは…」で始まる「かなりや」。「赤い鳥」に発表された西條八十の詩に、成田為三が曲をつけたものです。大きな反響を呼んだ「かなりや」以降、「赤い鳥」には毎号童謡が掲載されました。その「かなりや」ほか、「あめふり」「この道」など、現代でも歌い継がれる童謡 

===== 引用 おわり

 

童謡の発表は、「赤い鳥」から始まった。

===== 引用 はじめ

こどものための純粋な文学を作ろうとしたのが、広島出身の文学者・鈴木三重吉でした。 …

鈴木三重吉が発刊した児童雑誌「赤い鳥」は当時の人々に受け入れられ、児童文学運動の一大ムーブメントとなりました。その創刊号に寄稿したのは、芥川龍之介、有島武郎、泉鏡花、北原白秋、高浜虚子、徳田秋声…著名な文豪たち!

===== 引用 おわり
同上

 
そもそもの始まりは、「赤い鳥」は児童文学雑誌であり、童謡集ではなかった。しかし、発刊を重ねているうちに、詩に曲を付けてほしいという要望があり、「赤い鳥」に童謡を掲載し始めた。

「赤い鳥」が多く売れたので、似た本がたくさん出版されるようになった。「金の船」もその一つで、その中でも「七つの子」など、童謡が掲載された。

 

今回の番組で紹介されたのは、「椰子の実」(元々は童謡ではない)、「七つの子」「かなりや」「この道」「あめふり」「十五やお月さん」「青い目の人形」「シャボン玉」「背くらべ」「夕焼け小焼け」「どこかで春が」

 
うまい下手を問わなければ、私は全部歌える。
私の子どもは、歌えるだろうか?

 

次の放映予定

31日(水)放送】 22:00 – 23:00 BS朝日

思わず納得!勉強になるイソップ物語
 「北風と太陽」「ウサギとカメ」ほか



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