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2016年7月22日金曜日

(576) 民主主義


それ自体が良いとか悪いとか言えないことが多い。
良く運営された民主主義は良く機能し、悪く運用された民主主義は悪く機能する。

 
民主主義を良く運営しましょう。悪く運営されている民主主義は正しましょう。
その努力の積み上げによって民主主義は良くなっていく。

 
民主主義の名を唱えるだけでは、民主主義はよく機能しない。
民主主義の名を借りて我を通そうとすると、民主主義は崩壊する。

 
今日本では、民主主義が崩壊しつつあるのではないか。

 

「良く運営された民主主義」を実現させるために考えたこと:
 

1.「個々に良いこと」を積み上げても、「全体に良いこと」が起きるとは限らない

 福祉施策をしっかりしてほしいし、税金は上げてほしくない。個々としては望ましい。しかし、それで全体は良くなるのか。全体が良くならないと、配分を期待できず、個々の質を下げる。

 
2.どのような「良いこと」にも、「悪い」副作用がある

 原子力発電反対という考え方もありえる。しかし、原子力発電を停止することにより、様々なことがおこる。その影響を見極め、対策を講じた上で反対するのでなければ無責任である。「太陽光発電がある」といった、非現実的な思い付きでは話にならない。

 
3.「シングル・イシュー」、「劇場型」、「ポピュラリズム」が『民主主義をぶっ潰した』

 小泉元首相がぶっ壊したのは、自民党と言うより、民主主義だと思う。そこから学ばなかったイギリスが厳しい状況に追い込まれている。アメリカは、大丈夫だろうか。

 
4.主婦感覚・現場感覚がのさばると、民主主義は道を誤る

 日産を立て直したカルゴス・ゴーンは、たたき上げではない。賛否あろうが、たたき上げの日本の経営者にはできないことを彼がしたのは、事実だろう。主婦感覚・現場感覚も大切だが、民主主義の原理は主婦感覚では実現できない。

 
5.名選手が名監督(民主主義の良き指導者)になるとは限らない

 民主主義の良き指導者をどのようにして見きわめるか。その人の考えていること、言っていること、行っていることをしっかり見極めないと、「民主主義の良き指導者」を見極められない。人気や知名度だけで政治家を選んでよいのだろうか。

 
6.間接民主主義は、捨てたものではない

 国民のだれもが政治のプロにはなれない。世の中は分業で成り立っている。政治はプロの政治家が進め、その政治家を選ぶのが国民である。間接民主主義の仕組みはよい。政治を託せるプロの政治家が少なく、優れた政治家を見きわめる国民の目が曇ってきているのではないか

 

項目を再録する。

1.「個々に良いこと」を積み上げても、「全体に良いこと」が起きるとは限らない

2.どのような「良いこと」にも、「悪い」副作用がある

3.「シングル・イシュー」、「劇場型」、「ポピュラリズム」が『民主主義をぶっ潰した』

4.主婦感覚・現場感覚がのさばると、民主主義は道を誤る

5.名選手が名監督(民主主義の良き指導者)になるとは限らない

6.間接民主主義は、捨てたものではない

 

18歳から選挙権をもつことになって、模擬選挙などもしていたが、そもそも「民主主義」とは何か、という学びが必要ではないか(私が書いたのは、私が思いついたものであり、精査が必要だろう。このままでよいとは思わない)。

 
日本の政党は、民主主義に則っていると思う。党派を超えて「民主主義とは何か」をプロの政治家たちに示してもらえないだろうか。

 
18,19歳だけではない。既に選挙権をもっている世代も、学びなおす必要があろう。学校でも他のどこでも、教えてもらっていないと思う。「学び始める」が適切な表現かもしれない。我々が民主主義について無知である(十分知っていない)という自覚から、すべては始まる。

 
民主主義は絶えず磨いておかねば、その輝きが失せ、やがて実態がなくなってしまう。
政治家の質は、国民の質により、決まる。民主主義国家なら、当然のことである。
まず、国民の質をあげよう。

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